原稿用紙一枚分のイヤなお話

ニンフの名残

私は知っている。彼がブラックコーヒーを飲むのは、自分の顔がよく映るからだ。
「鏡ばっかり見てたら、ナルシストだって思われちゃうだろ？」そう言って、うっとりとカップの中を覗き込む様子はナルシストそのものだ。ギリシア神話で、泉に映った自分に叶わぬ恋をして死んでいったナルシスは水仙になったというけれど、彼なら叶っていないことにも気付かずにコーヒーの中の自分と幸せな逢瀬を重ねていそうだ。これではナルシスに失恋したニンフ、エコーも閉口してしまうだろう。
こんな男に恋をした自分は馬鹿だと思う。追い掛けて取り入って……付き合えた時は本当に嬉しかった。でも、その理由が私を傷付けた。「虫除けみたいなものだよ」他の女から言い寄られるのが面倒だからと彼は笑った。背後のテレビから水仙の葉を韮と間違えて食べた人が中毒になったというニュースが聞こえた。花屋は、まだ開いているだろうか。