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坂上(さかうえ)さん、泣いてます?」  遅れてやってきた横井くんが心配そうに眉を寄せるものだから、あれあれ、と右手の甲で目元を擦ってみたら確かに濡れていた。鼻をすするのだけれど、決して大袈裟にならないように気をつける。心配をかけたくはないし、そもそも心配をかけるような間柄でもない。 「本当だ。泣いているみたいね、私。気づいてなかった」 「え、大丈夫ですか? そんな他人事みたいに。何かあったんですか」 「特に? いつも通りよ。いつも通り、いつものこと、何も変わらない、私」  韻を踏んでる訳でもないのに、小気味よく言葉を弾く自分が、どこか滑稽で、滑稽だからピエロみたいで、腑に落ちた。そういうところなのだ。  大してセンスもない。だからといって絶望的なわけでもなくて、ちょっと気の利いた素人くらいの感性は持ち合わせている。まぁ、そう信じたいだけかもしれないし、それさえも幻想なのかもしれないけれど。 「スマートフォン」  彼が指差す。私は何のことかと首を傾げて、左手の指を液晶画面に立てる。横井貴光くんは肯定形で頷いた。 「スマートフォンがどうしたの?」  尋ねる声が涙声っぽく上ずって焦った。そんな湿気臭い空気は望んでいないのだけれど。 「いえ、何を見られてたのかなって。それでウルってこられたわけじゃないんですか?」 「ああこれ? そうね。そうなのかも」  ブラウザを開いたスマートフォンを机に下ろす。少し興味深そうに横井くんが視線を落とすものだから向きを変えて彼に見えるようにしてから、スワイプした。 「中編小説コンテストの結果発表。私の名前はありませんでしたって……ただそれだけのどこにでもある話」 「嗚呼、小説ですか。それは残念でしたね。なんて言って良いのか……」  横井くんは神妙な顔をする。申し訳なさそうな。 「あ、違うの。こんなのいつものことだから慣れっこよ。だからこれのせいじゃないの。気にしないで」  慌てて両手を振った。  大の大人が年下の男の子にこんなことで気を使わせてはいけない。勝負をかけた長編小説の新人賞ならまだしも、年に何度もある短編や中編のコンテストの落選一つで泣いていたらワナビは生きていけないのだ。こちとら伊達に十年以上ワナビをやっているわけではない。落選の痛みには慣れた――はず。
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