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「横井くんはお芝居やっているんだっけ?」 「そうですよ。文芸業界に負けず劣らず落ち目で、真っ暗で、真っ黒で、先の見えない業界ですよ」  彼は偽悪的に皮肉っぽすぎる笑みを浮かべる。確か市内の劇団で座長をしているって言っていた。まだ彼のお芝居を見たことはないけれど、一度見に行きたいとは思っている。 「創作で食べていくのは本当に大変な時代なのよね」 「創作で食べていくのが大変じゃない時代って実は無かったとかいう話があるんですが……聞きます?」 「いいよ、それは。聞きたくなーい」  子供っぽく言い放つ。  年の差はあるけれど、上下関係が無い横井くんとの関係は気楽だ。  生きていく上でなんとか手に職をと通い出した専門学校の行政書士講座。そこで知り合って、ちょっと仲良くなった。  大学の同期なんかと会うとキャリアで引け目を感じるし、結婚して子供がいる勢とは話が合わない。子供の中学受験が大変だったなんて話をされると「マジか?」以外に語彙が出ない。 「横井くん、今、何歳だっけ?」 「二八ですけど?」  意外と若い……こともないか。 「二八かぁ〜。まだ、どうにでもなる歳だよね〜」 「そうでもないですよ? 新規雇用とか三十歳の年齢制限かけている求人とかも多いですし。フリーター、人生の瀬戸際です」 「確かに、なんだかんだ言って、今の日本じゃあまだ男性の方がちゃんとしていないといけないっていう圧も強いからね」  二八かぁ。あらためて自分のその頃を振り返る。  二四歳のときにひょんなきっかけで小説の執筆を始めて四年目。初めのうちは「なんで大学生の内に始めなかったんだろう?」って後悔しながらも、そのコンプレックスをどこかバネみたいにして頑張っていた。でもその焦燥はどこか表層的で、理由のない自信が車のタンクに込められたガソリンみたいにタプついていた気がする。そんな化石燃料を燃やして回した内燃機関。それが私だった。  どうしようもない疑問符が浮かびだしたのは、ちょうど今の横井くんくらいの年頃だった気がする。 「でも小説の世界も大変ですよね。新人賞とらないと人目にもつかないし、その新人賞の合格率が1パーセント未満でしょ?」 「よく知っているわね。横井くん」 「まぁ、文芸の世界は戯曲の世界のお隣りさんですからね。僕、脚本のWEB投稿とかもやっていたので」 「へー、今は?」 「あ、今は引っ込めていますね。劇団の新作脚本のネタでもあるので」 「そっかぁ、残念」 「坂上さんには、また、ちゃんと舞台を見てもらいますんで」 「あ、うん。楽しみにしている」  私はそう言って、頬まで流れた涙をまた一つ人差し指の背で拭った。  横井くんの視線がそこにあって、多分彼なりに気を使ってくれているんだろうな、って思った。
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