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私は十二年間小説を書いてきた。それは嘘ではない。でも本当に一二年間、小説に全てを捧げてきたかと言われると全然自信が無いのだ。人の才能を羨みながら、人の幸運をやっかみながら、それでも自分はといえば、脱線したり、恋愛にうつつを抜かしたり、休筆したり、そして今だって資格試験でちゃっかりと逃げ道を作ろうとしている。その結果としてこうして横井くんと映画を見に来たりしているのだけれど。私は本当に十二年間を創作に捧げたのだろうか。ここで諦めて、それは納得のいく撤退なのだろうか。もう若くはない。
――私はどこかで人生を間違ったのだろうか。
「坂上さんは、間違ってないですよ」
弦楽器を奏でるような澄んだ声がした。
芝居がかった横井くんの声。抑揚をつけられた台詞だった。
そう言ってから表情を弛緩させると、横井くんは続けた。
「僕らは食べないと死にますから。そこは狡猾にやっていかないと。僕らは創作活動の中で生きる人間であると共に経済活動の中で生きる人間なんですからね。それはそれ、これはこれ。そういう意味では、創作を続けるために、ちゃんと考えて別の『食い扶持』を確保する。それってものすごく誠実なことだと僕は思いますよ」
そんな考え方があるのか。
「それにお金がなくて悩んだり、脱線したり、恋愛にうつつを抜かして筆がとまったり、そういうのがあってこその人間なわけで。もしそんなことなくただひたすらに創作に打ち込んでいるだけの人がいたら、僕はいうでしょうね」
「――なんて?」
「――『人間が書けていない』って」
なんだか肩に載っていた重しが少しだけ降りた気がした。
「あ、そうだ。今日は解散ってことなら、渡したい物があるんですけれど?」
「え、なに?」
そう言うと横井くんは鞄を漁って、白い紙袋を一つ取り出した。
それはは大通りのデパートに入っているジュエリーショップのものだった。二十代の頃は時々買っていたし、彼氏にせがんだこともあったっけ。
「――これ、坂上さんに、誕生日プレゼントです。昨日、誕生日だったんですよね?」
「え? え? 横井くんから、私に? どうして?」
何だこのサプライズ! え? え? 何? どういうこと?
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