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「えっと、昨日、誕生日だったんですよね?」 「う……うん、三六歳のね」 「ですよね? そっかぁ、八つ年上かぁ。でも、幾つになっても誕生日は大切な記念日ですよ。いつもお世話になっているんで、折角、今日会うなら、何かプレゼントしたいなって思って」 「あ……ありがとう。……開けてみても良い?」 「是非是非。めっちゃ外していたらどうしようって怖いんですが。まぁ、定番のブランドみたいなんで、そこはブランドを信じます」  そう言って、横井くんは照れくさそうに頭を掻いた。  確かに定番なんだけれど、このブランドってちょっと可愛い目で、二〇代向けの定番なんだよね。横井くん、きっとそれは知らないんだろうなぁ。  袋から小箱を取り出して開けてみると、銀のネックレスだった。小さな宝石が控えめについていて上品な感じ。これなら今の私がつけていてもおかしくはない。  なんだか少し、二十代の頃を思い出した。当時の彼氏にクリスマスにねだったジュエリーは、ここのブランドだった。あの時貰ったブレスレットは今も引き出しの奥に眠っているはず。 「ありがとう。可愛い」 「気に入ってもらえました? あんまりこういうの買わないんで、外していたらどうしようかとちょっとビクビクしていました」 「全然、ばっちりだよ。横井くん、女ったらしの才能あるよ」 「えー、なんですかそれ。才能は劇作家の才能が貰えれば十分ですよ。スキルポイントがあれば全振りしたいですね」 「あはは。それなら私も文才に全振りで」  三六歳になったら小説を書くことはやめようと思っていた。  それでも、それなのに、私はやっぱり小説を書く力に全振りしたいと、思ってしまうのだ。私にとって書くってなんなんだろうな。私にとっての物語ってなんなんだろうな。  これまで書いてきた物語の登場人物たちを思い出す。頭の中にヒーローが、ヒロインが、走馬灯のように駆け巡る。クライマックスのシーンで空中要塞が崩壊した。別れのシーンでキスをした。学園ドラマで少年と少女はすれ違い続けた。そんな一つ一つの物語が、私の中では掛け替えのない記憶で、思い出で、宝物だ。それがもう誰にも読まれない物語だとしても。私の中では永遠に輝く物語なのだ。 「――ねぇ、横井くん。やっぱり、映画、行こっか?」 「あれ? 大丈夫なんですか?」 「うん、なんか、ちょっと元気になったから」  私が銀のネックレスをそっと持ち上げると、横井くんは照れくさそうにはにかんだ。
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