彼岸の風、芒の穂

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彼岸の風、芒の穂

 独りの居間に、テレビから流れる音声だけが小さく響く。  ひっそりと据えられた籐の座椅子に腰を下ろして、視線を窓の外へと向ける。白い綿毛を纏った芒の穂が、風が吹くのに合わせてそよそよと揺れているのが見えた。  はたと気づく。  彼が居なくなってから幾度も巡ってきた秋の彼岸が、今年もまた、やってくる。    ***  幼い頃は、いつも彼と一緒に遊んでいて、喧嘩もしたけれど、その分よく笑ってもいた。一言で言うならば、そう、楽しかった。  だけれど、学生服を着るようになってからは、急に大人びていく彼に戸惑って、隣に居ることすらできなくなってしまった。今思えば、もしかしたら彼も、同じこと感じていたのかもしれない。自然と、私達はどちらからともなく距離を置くようになっていた。  それでも、彼のことが気になって仕方がなかった。気づけば彼の姿を目で追っていた。今は話すことすらなくなってしまっているけれど、それがずっと続くわけではないと、いつかまた話せるようになれたらと、淡い想いを胸に仕舞ったままで。  なのに。  あの年の、彼岸の明けた朝。  彼は家族と共に、突然居なくなってしまった。  親の仕事の都合だとか夜逃げだとか、あの日からしばらくは、大人達の噂話を耳にするなどしていたけれど、それを聞いたところで、子どもだった私には成す術がなかった。  それはきっと、彼も同じだった。  彼が居なくなった日の午後、学校から帰ってきた時のことだった。家の庭に生えた芒の綿毛が、風に乗り旅立っていくのを見た。それまでも、そのあとも、毎年見ているのだけれど、あの日のその光景だけは、未だに忘れることができない。  旅立つ綿毛の儚さが、消えるように居なくなってしまった彼や、行き場をなくした私の想いに、あまりにもよく似ていた所為で。    ***    もうすっかり、大人になってしまった。  華やかな時代はとうに終わりを告げ、私は随分と色褪せてしまったけれど。  それでも、今年も芒の穂が風に揺れて、綿毛を飛ばしていくものだから。 ――今、どうしておられますか。元気でいらっしゃいますか。    こちらは、変わらず元気にしております。  この夏、孫ができました。とても愛らしい女の子です。    彼女を見ていると、幸せな気持ちになり、これで良かったのだと思うのですが、それでも、心の片隅に小さなしこりが残ったままなのです。    もし、貴方が居たなら、と。    私は、貴方のことが……――  届く筈もないと分かっていても、今年も独り、貴方を想ってしまう。好いていた人だから、今も何処かで息災でありますようにと、願ってしまう。   芒の綿毛が儚く旅立つ、彼岸の午後に。
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