ローレライ

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ローレライ

 詩子は恋人ができると、決まって人気のない海辺に彼を連れだした。そうして、決まって話をするのだった。 「うちの家族、ボロボロなの」  大抵の男性たちは、この時点で不思議そうな顔をする。 「親が離婚してね、お母さんについてったんだけど、お母さんが再婚してね。義理のお父さんがちょっとアレで……私が家出するまで、私がお義父さんの相手をすることがあったの。お母さんは言っても信じてくれないし、そのうち病気になるし。嫌になって家出して、それからは何もないんだけど」  それを告げて、去らない男性はいなかった。 「ただ、受け入れてほしいだけなのに」  詩子は去っていく男性を見送る度、心の中でそう呟いた。  それでも心のどこかには、「それを告げて去っていくなら、それでもいいや」という気持ちがあったことは否めない。  そのうち、詩子はまた恋に落ちた。よく本を読む、とても誠実な男性だった。 「去っていくならそれでもいい」とは思えなかったが、詩子は過去のことを彼に話そうと思った。自分に対して誠実であってくれる彼に、自分の身に起きた事実を話さないことは不誠実であるように思えたからだった。 「……それからは何もないんだけど」  詩子が全てを告げると、彼は言った。 「君自身は、そんな君を愛しているかい?」 「……え?」  思いがけない問いかけに、詩子はすぐに答えることができなかった。   彼は言った。 「君がこのまま、不幸と悲しみの海を生きていくのならば、僕は一緒にはいられないよ。君と一緒に溺れる訳にはいかないんだ。一緒に幸せになることはできても、共に不幸になることはできない」  すぐには理解できなかったが、どうやら彼もまた、詩子の前から去ることを選んだようだった。  去り際に、彼は言った。 「もし君が、君自身を心から慈しむかとができたなら、そのときにまた、僕を訪ねるといい」  去っていく、誠実な彼の背中を見送る。  詩子は「ほら、やっぱりね」とは思わなかった。  ただただ、涙が止まらなかった。
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