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二人だけのランチタイム
「我慢しているのとはちょっと違うのよ」
「そう、どう違うの?」
彼女は「うーん」と小さく唸った。
午後も一時半を回ったところの、オフィス街のカフェ。少し遅れたランチタイムを過ごす僕ら二人の他には、客はほとんどいない。
外回り中と思しきスーツ姿の人たちが、足早に窓の外を横切っていく。水族館で回遊魚を眺めているのと少し似ているなぁ、いや、似てないか。そんなことをぼんやりと思った。
「怖いんだよね、たぶん。臆病になってるというか」
不意に、考え込んでいた彼女が口を開いた。先程の問いの答えらしい。
「うん……なるほど?」
彼女は一度、男性関係で大変な苦労をしている。そりゃあ臆病にもなるか。
僕らはさっきから大人気もなく、恋愛観の話なんかをああでもないこうでもないと語らっている。これが彼女との日常。彼女とは会社の同僚の中でも特に仲が良く、気の合う人だと僕は思っている。
「あと、億劫なのと。片想いは自分の都合で良いじゃない? 時間も想い方も全部」
「うん、まぁね」
「だから片想いならまだできるのよ私……でもね、付き合うとなるとそうもいかない。まるっきりの独り身ならまだ、この歳でもまだ頑張ったかもしれないけど、子どもがいちゃあ、ね」
「うん……」
頷いたものの、僕は納得がいかなかった。それは、子どものせいにして諦めているだけではないのか。
そんな僕をよそに、彼女は話を続けた。
「男に割く時間と手間。その余裕があるんなら、それは子どものために割かないと……ていうか、デートとかしても途中で『子ども置いて何やってんだろう私』ってなっちゃうと思うのよね、私」
育児と恋愛、加えて仕事。どれも取りこぼすことなくやっていくなんて器用なことは、自分にはできない。そう話した彼女の表情はいつもと同じく明るかった。
どうやら僕の付け入る隙は、彼女の心のどこにもないらしい。彼女にここまで愛されている自分以外の存在に嫉妬さえする。でも、そんな感情を子どもに対して抱いている時点で、僕は彼女に相応しくない気がする。だからといってあっさりと諦めることもできやしないんだけど。
悔しいけれど、凛々しい母である彼女もまた、魅力的に見えてしまう。
「そろそろ戻ろうか」
この話は、ここまでにしたい。
「あ、もうこんな時間なのね」
時計を見て立ち上がる彼女は、きっと僕の想いに気づかない。もし気づいていたとしても気づかないふりをするだろう。大切なものを護るために。
彼女からワンテンポ遅れて、僕も席を立った。
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