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東側に面した窓から朝日が差し込んだ。重たい頭を振って起き上がると、身支度を整える。
首元までしっかりと覆うシャツワンピースに着替えると、髪を三つ編みに。
しっかりきつめに結うことで、赤茶色の髪は色濃く見える。陽に透けると炎のように見える髪を、少しでも誤魔化すための手段だった。汚れ防止のエプロンを身につけて、支度は完了だ。
狭い階段を降りて台所に火を入れる。
湯を沸かしているときに玄関のほうから物音が聞こえ、シャリーマは足早にそちらへ向かい、声をかけた。
「おかえりなさいませ、旦那さま」
「もう起きていたのか。早いな」
「昨夜はお帰りにならなかったようですので、早朝にご帰宅かと思いまして」
「そうか、すまない」
「いえ」
だってそれ、わたしのせいですしね――
疲れた顔で帰宅した主、アレスタシオン・フランゼルに心のうちで詫びながら、シャリーマは笑みを浮かべた。
シャリーマがアレスタシオンに出会ったのは、偶然だ。
師の敵討ちをするため、プラエド・アルパガスが領主となったマレートへやって来た。
しかし、相手は領主。簡単には近づけない。
ひとまず職を探すことにしたが、住まいも身元も定かではないシャリーマができることは知れている。ここまでの道程では旅芸人の一座に混じって下働きをしたり、身の軽さを買われて興業の手伝いをしていたが、町中で目立つことはしたくない。
となれば、残る道はひとつ。
豊満とは言い難い身体でも、十七歳の肌は需要があるだろう。
異国の血が流れているのか色の白い肌は滑らかで、男たちの目を惹きつけるらしいことはこれまでの旅路で理解している。
覚悟を決めて叩いた花街の店はどうやら相当に問題があったらしく、採用初日に警備隊の立ち入りがあり摘発された。
新参者のシャリーマはなにがなんだかわからないうちに騒動に巻き込まれ、しかしいかにも「仕事始めたばかりです」といった態度に情状酌量され、無罪放免となった。
その過程で、マレートにやってきたばかりで金も職もないと知ったアレスタシオンに雇われ、そろそろ三年。役職もなく、おとり捜査のために客としてシャリーマの前に現れた男も、今では小隊の長である。
目的のためにはこの町に留まっていたほうがやりやすく、おまけに貴族街に住処を得ることで領主邸に近づきやすくなった。
お金持ちのお坊ちゃんなんて信用に値しないと思っていたシャリーマだが、人のいい主のことをどうにも嫌いになれないでいる。
町を騒がせているコソ泥の正体が自家のメイドであるとも知らず、娼婦になりそこねた孤児の娘を気遣ってくれるのだ。どうにもこそばゆく、いたたまれない。
いつかは別れることになる、ただの腰かけだと思っていた生活は心地よく、シャリーマは忘れかけていた「家」をいうものを――家族の温かさに委ねそうになる心を引きしめ、日々を過ごしていた。
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