一話「事件発生と共に彼女は消えました」

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一話「事件発生と共に彼女は消えました」

夕暮れの帰り道。華やかな都会の道に静かにただずむ一軒家があった。その家の玄関には『金嶋〈かなしま〉探偵事務所』と書いてあった。インターフォンのチャイムを鳴らしてみるが、誰もいないようだ。おかしいと思いながら、中に入ってみる。 「金嶋先生ー?金嶋先生ー?」と私はこの家にいるはずの主を呼びながら、家に進んで行く。しかし彼女は出てこない。これはもしや、先生が隠れてるという仕業か?そう思いながら、あるあだ名を言う。 「名貧乳さん?名貧乳さーん?」 「誰が名貧乳だ」とか、「貧乳の価値を分かってないな。このルックスがよいのだ。男の娘だって世では売れてるらしいじゃないか」とか、いつもなら事件などの捜査や他愛のない会話の中の合間に話すこのやり取りのツッコミが来るはずなのにそれさえもない。しかしあったのは机の上の置き手紙だけだった。 『明〈あきら〉君へ』 この『明』は私の名前である。「下の名前で呼ばないで下さいよ。恋人みたいじゃないですか?」といつも言ってるのにも関わらず、彼女は「君と私はそれに似た関係だろう?それとも姉弟関係がいいのか?」と毎回返して来る。そんなことよりも続きを読むことにしよう。 『この家は今日から君のだ。私の猫鯖〈ねこさば〉にこの家の鍵を預けてる。こいつの面倒も見てやれよ?そんなら、家に持ってってもいいぞ。そして私を探すなよ。それじゃあ、さよなら。お元気で』 そこにはそう書かれていた。 「何だよ、貧乳……。こんな別れ方ありかよ。責任だけ放り捨てて、自分はどこかお空の彼方かよ」 小声で呟いてると、その文面の上に一匹の猫が座り込んで来た。 「なぁ、さばっち。彼女はどこへ行ったんだ?」 彼は威嚇しているみたいだ。 「ふむ。隠すのも飽きたな」 どこからか十代くらいの女の子の声が聴こえる。しかし部屋中を見渡すのが、誰もいない。いるのは目の前でじっとこっちを見つめる一匹の猫だけ。 「誰もいないじゃないか。なぁ、さばっち」 「だからその名、やめろ。まるで鯖みてぇにゃん」 「お前……女の子だったのか!?」 「いや、突っ込むところそこからかよ……。喋る猫なんて不思議だろ?」 言われるままに今起きていることを確認して首を傾げる。確かにそうだ。 「それとだな……」 「ちょっ……お前……」 いきなり目の前の猫は仁王立ちするなり、自分の胸と股間を指差しながら私に確認させる。 「私は女だ」 「主に似て胸が小さいな」 「失敬な。私はまだまだあの方よりも若い。これからも成長期だ」 「そうですか」 ぶっちゃけ言うと、猫の胸の大きさになんてあまり興味はない。 「そんでさば……」 「にゃー!!誰が鯖だぼけー!!」 爪を立てながら、顔を引っ掻いてきた。我慢していた物が頬に流れてきた。それを見た彼女は言う。 「ごめん、痛かったかにゃ?」 そう言って近寄ってくる。 「ちげーよ。俺が泣いた理由はこんなんじゃねえよ」 「ふんっ。それよりも構えろ。奴らが来る」 「いや、何?急なアクションアニメ的な展開は?」 そして静かに響き渡るインターフォンのチャイムの音。画面に映るのは警察手帳と見知った警察官たち。インターフォンの画面の下にある四角いボタンを押す。 「何でしょうか、秋山〈あきやま〉さん?」 「すまんな、飯島〈いいじま〉君。君の師匠の自宅捜査だ。拒否権はない。早くここを開けたまえ」 「はい、今行きます」 私はボタンを押して後ろにいる猫に話しかけてみる。 「おい、どうしよう?さばっち」 「にゃにゃんにゃ♡」 首をちょっと傾けて可愛子ぶってる。 「ムカつく野郎だな、お前」 「お互い様よ、さっさと開けたらどうなの?あの方がさらに怪しまれるだけよ」 「お前、なんか知ってるだろ?」 「はよはよ。あと、私のことは今後、姫〈ひめ〉と呼べ」 「はいはい。注文の多い猫だな」 そして私は扉の鍵を回して彼女の家に大勢の警察を中に入れ込む。 「ご協力感謝する」 「んで、何があったのですか?」 「それがこの近くで通り魔殺人があったらしい。犯人の指紋はここの家主、金嶋千代〈かなしまちよ〉だ……おいおい、君、その猫を触らせてくれよ。私にも」 「りょでござる。新人なものでおてやらかにどうぞでござる。あっ、真鍋捗〈まなべあゆみ〉というでござる」 「なんかキャラの濃さそうな女の人が出てきたんですけどー」 「おい、引っ掻くなよー」という彼に姫は爪を立てて抵抗している。ちょうど彼女の乳房を両手で触ってしまってるようである。 「あっ、もう少し脇あたり触れてあげてください。その子、女の子です」 彼は素直に持ち直した。数分後、無事終了したようである。 「捜査完了でござる」 「君が仕切るな。とにかく、それらは持っていけ。君には形見として残してやりたいのもあるからな。本当はいけないことなんだけどな。男の拳の愛情ってことでいいな」 「上に怒られても知りませんよ?」 「そんときはそんときだ」と言い残して彼らは家を出て行った こうして、私は金嶋千代のいない事件物語が幕を開けるのだった。
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