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井上君の事情1(井上視点)
帰宅する、買ってきた酒と食材を冷蔵庫に入れる、スーツを脱ぐ。
それが俺、井上颯人の帰宅してからの日々の変わらぬルーチンだ。
マンションの部屋の空気は蒸し暑く熱されており、俺は眉を顰めながらクーラーをつけた。空気を震わせるような音の後に、クーラーが冷えた空気を吐き出しはじめる。俺はぺたんと床に腰を下ろして、スマホでソシャゲをしながら部屋の空気が冷えるのを待った。
……晩ご飯はなにを食べようかな。
たしか冷やし中華の麺が残っていた気がする。すぐにできるし、それでいいか。
今日も仕事は忙しかった。いわゆるブラック企業と比べてみれば、俺の仕事先なんて大したことはないのだろうが。社長も江村さんも、なんだかんだでいい人らだし。
――それに、嶺井さんがいるから頑張れる。
「は~。今日も嶺井さん、可愛かったなぁ……」
俺は同い年の会社の同僚、嶺井さんの姿を思い浮かべた。
綺麗な黒髪、大きな猫目。抜けるように白い肌。小さくて、華奢で、いい香りがする。
……別に自発的に嗅いだわけではない。席が近いから、いい香りが漂ってくるだけで。
「ああいう子を、守ってあげたくなるような……って言うんやろうなぁ。俺みたいなオタクにも優しいし、ほんと女神」
もっと上手く、彼女としゃべることができればいいのに。
中高一貫の男子校に通い、大学ではオタクグループの男たちとばかりつるんでいた俺は、女性慣れしていない。……当然、彼女もいたことがない。
嶺井さんの様子を観察するに彼氏はいないようだし……どうにか、お近づきになれないものか。
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