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片思い
三角の形をした木をとりまくイルミネーションがきらきらとしていてきれいだった。風のない空間を雪がひらひらと落ちてくる。
デートスポットである駅前のメイン通りにはカップルが溢れていて、一人ぽつんと立つ一ノ瀬は目立っていた。21時を過ぎた今は、すでに待ち合わせには遅い時間だった。
「一ノ瀬」
一瞬声をかけることをためらったのは、きっと一ノ瀬をがっかりさせるから。振り返った一ノ瀬の顔から目を逸らした。
「夏目か」
黒いダッフルコートの肩と少し伸びてきた髪に雪が乗っていた。指摘すると一ノ瀬は無造作に髪を払った。
「さみーな。風邪引きそう」
「どっか入ろう」
一ノ瀬が腕時計に目を落とす。今まで待っていたのかと俺は聞かない。一ノ瀬も、俺がなぜここにいるかを聞くことはない。
賑やかな町並みを歩き始めると、腕を組んだカップルとすれ違う。誰も彼も幸せそうな顔をしていた。
「温かいココアが飲みたいな」
「お子さま舌め」
一ノ瀬が俺をからかって笑う。それで一ノ瀬が笑うのなら、俺はいくらだってからかわれてもいいと思う。
メイン通りを離れると町が少し暗くなる。俺は冷たい手をこすりあわせた。
「やっぱり来なかったわ」
喧騒の遠のいた夜の静けさに溶けるように一ノ瀬がぽつりと呟いた。白い息が降り続けている雪の中に消える。
「今度こそ失恋だ」
声が滲んでいるようだった。俺は背の高い一ノ瀬の頭を引き寄せて抱き締めてやりたいけどそれはできない。ただむやみに手をすりあわせるだけ。
「好きなのになあ」
過去形にならない呟きが切ない。行き場のない思いが苦しい。
「ココア、マシュマロの浮いてるやつにしよう」
「好きだねお前も」
「好きだよ」
好きだ。好きだよ。
「俺は今は甘いのはいいや」
大好きだよ。お前が好きじゃなくたって。
「あいつの好きなものは今はいらない」
俺はお前が大好きだよ。俺じゃない誰かを待つお前を、待てるくらいに。
雪が美しいホワイトクリスマス。俺たちは誰かを思いながら冬の道を連れ立って歩いた。
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