宛名

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 そいつが残していった仕事は俺に回されたため、その日は残業になってしまった。心配だったから仕事中に何度もメールを送ったけれど、返信はなかった。  かなり帰りが遅くなってしまい、ようやく家に着いたのはもう二十三時過ぎだった。  とにかく風呂に入ろうと思いスーツを脱ぎ始めたとき、携帯電話が鳴った。電話の主は、その同僚。急いで電話に出ると、怯えたような声が聞こえた。声といっても、言葉の形を持っていない。うう、とか、ああ、みたいな呻き声に近い。 「大丈夫か、おい。どうしたんだ?」  焦る俺の問いかけには応えず、しばらくそいつの呻き声だけが続いた。それから、深呼吸をする気配があった。落ち着いたのか、ようやく声が言葉になって聞こえてきた。 「なあ……、教えてくれよ……、俺、なんて名前だっけ?」 「え?」  まさかの質問に、俺は調子が狂った。なんでそんなことを、と聞き返そうと思ったとき、俺は衝撃で心臓が止まりそうになった。そいつの名前が、思い出せなかったのだ。
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