第二章 突然

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その手は温かい。その温かさはまるで今日のことに怯えていた私を安らげてくれているようだった。 私はそのまま、美華吏に手を引かれて、目の前にあった音楽室へ連れていかれる。 そこには大きなグランドピアノと黒板。そして均等に並べられた机。ごく普通にどこにでもありそうな音楽室だった。 美華吏はグランドピアノの近くに置いてあった椅子に座り、鍵盤を適当に鳴らした。 途端に美しい音が静かな音楽室に響く。 別に華やかさもなければユニークさもないたった一つの音なのだけれど、その音は私の耳に軽やかに聞こえてきた。 それから美華吏は鍵盤を押して、メロディを奏で始めた。 そのメロディは小さい頃に聞いたような、懐かしい感じがして、私は不思議な感覚を覚える。 私は音楽が好きかというと、好きな方に当てはまると思う。 音楽は小説と同じでいつも私の心を安らげてくれて命の恩人だと思う時もある。 音楽も小説も私の心を豊かにしてくれる。励ましてくれる。ネガティブな私を支えてくれている。だから好きだ。 美華吏は静かにそのメロディを弾き終わる。 反射的に私は拍手をおくった。 「お前さ、やっぱこういう時素直だよな」 生意気そうに言われて私は頭がムカムカした。 確かに私はいつも、ただやらされているだけだからと適当にやっていた。でも音楽と小説を読む時間だけは大切にしていた。 それをまさか美華吏から言われるとは思ってもみなかった。 「まぁ、そうだね」 「いつもさ、何かを隠して我慢してるみたいだからさ、なんかこういう清加見てると、新鮮って感じるんだよな」 美華吏はそう言って私に笑いかける。 私には訳がわからなかった。 そもそも私と出会ってまだ二週間ぐらいしか経ってないのに、ずっと前から一緒にいたように感じさせてくる。 やっぱり美華吏は不思議な人だ。そう思った。 いつも何かを隠して我慢してる。 確かにそうだ。私は何もかもダメな人でそんな自分が大嫌いだ。なら変わればいいのだけれど、めんどくさいし、自分に良いところなんて一欠片もないから、きっと何年かかってもできないのだろう。だから最初から諦めている。 「あっそ」 私はまた心を見透かされたことを受け流すように、素っ気なく言葉を返した。 その時、五時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。 「じゃあ、俺は六時間目に行くよ。お前は図書室で過ごしてろ。また終わったら来てやるから」 美華吏は穏やかな口調でそう言って、音楽室を出ていった。 また来てやるからと言われても、放課後は勉強会してるからどうせそうなるじゃないと思いながら、私は窓から空を眺めた。 今日の空は快晴に近い。雲が所々にぽつぽつとあって、それは一つ一つ大きさに違いがあり、ユニークと感じた。 私は上履きを履いて筆箱を鞄の中に入れて持ち、音楽室を後にした。
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