第三章 何もなかったはず

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美華吏はそう言って私の髪を優しくくしゃくしゃにしてきた。 「くすぐったいって」 「ごめんごめん」 美華吏は笑いながらそう言う。 優しすぎる…………? そんなわけない。 私はいつだってめんどくさがりで、母には怒られてばかりで、いじめられてもいるのに。 「訳わかんない」 「自分を犠牲しようとしてしまうところ、辛いのに無理に大丈夫って言っちゃうところ。そして今まで必死に耐えてきたところ。本当に優しすぎるんだよな。清加は」 美華吏は穏やかな口調でそう言った。 その時、風を感じた。秋らしい涼しくて爽やかな風だ。 私のセミロングの髪がひらひらとはためく。 きっとこれは青春の風だ。そう思った。 私の長所は何にもないはずだった。めんどくさがりで裏切られていじめられてそんな自分が大嫌いだった。 でも美華吏の言葉で、私の灰色に染まった冷たい心は、だんだん色を取り戻していくように明るくなっていく。 そっか。これが私の長所だったんだ。 そう思いながら空を見上げれば、ちょうど分厚い灰色の雲の隙間から眩しい太陽の光が、差し込みだしたばかりだった。 「ありがとう。私と宇高君、正反対だと思ってたんだけど、違ったんだね」 私は微笑みながらそう言った。 私と美華吏の長所は優しすぎる。 美華吏は誰にでも優しく接することができて、その心は誰よりも繊細で強すぎる。 私はめんどくさがりでダメな人間だけど隠れたところには優しい心がある。 そんなものを犠牲にしようとしていたなんて最悪だ。 「清加?お前、泣いてるぞ。大丈夫か?」 美華吏はそう言ってティッシュを差し出してくる。 それに気づいた時には、自分でも意味がわからなかった。 涙は私の瞳から容赦なく溢れだしていて、頬をつたっていく。 涙を流すのはいつぶりだろうか。なぜかは知らないけど小四以来のような気がする。 私は美華吏が差し出してくれたティッシュを受け取り、涙を拭った。それでも涙は容赦なく溢れを止めないから、落ち着くには時間がかかるだろう。 美華吏は私の背中をさすってくれる。その手は太陽のように温かくて私の心は瞬く間に明るくなっていく。 こんな美華吏と私が似ていたなんていまだに信じられないと思ってしまう。 いや、待てよ。
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