第三章 何もなかったはず

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「なぁ、清加。長所がない人ってこの世界にいると思う?」 美華吏は唐突に聞いてきた。 そんなこと考えたこともなかった。 自分には長所がないと思っていたし、そんな中で毎日を暮らすなんて息苦しくて、今まで耐えれていたのも奇跡だと思う。 それなら長所がない人が、この世界にいなかったらいい。でもみんな人それぞれだから、そういう人もいるのかもしれない。 「いると思う」 「俺はいないと思う。だってさ、長所が一つでもないとこの世界生きていけないじゃん」 前に母から聞いたことがある。私はまだ子供だけど外の世界は厳しいって。 それを思い出せば確かに長所がなかったら生きていけないと納得できた。 「誰にでも長所は一つ以上あるって俺は信じてる。ないと思うならまだ、それに気づけてないだけさ」 そう言われると私には長所があるって気づけたのに、まだそれを受け止めれていないように感じた。 「気づいてるよ。宇高君と同じで優しすぎる」 私はむきになってそう言った。 でも自分で自分の長所を口にするだなんて、恥ずかしいとか誰かに否定されたりしないかなって思った。 いや、美華吏ならそれはないだろう。 いつだって優しすぎる人だから。 「よかった。やっぱり清加は昔と変わらないな」 私はその言葉にきょとんとした。 聞き間違いだよね? 「ごめん。今の忘れて」 美華吏は少し恥ずかしい顔をして、私から目を逸らす。 その様子を見て私は今の意味不明な言葉を受け流すように「そろそろ帰ろう」と言ってその場から立ち上がった。 「おう」 美華吏もその場から立ち上がる。 そうして私達は屋上を後にした。
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