第三章 何もなかったはず

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その日の夕食後。私は母に今までのことを順を追って話した。いつも怒られてばかりだから話すかどうか迷ったけれど、学校のことは全然話したことなかったからそうしてみるのもいいかもって思ったのが根本的な理由だ。 「辛かったね。清加。それなのに私はいつも怒ってばかりで申し訳ないわ」 私がすべてのことを話終えると、母は優しい顔をしてそう言った。 予想外の母の反応に私は息をのむ。 確かに私は怒られてばかり。だけど元から悪いのはめんどくさがりな性格である私だ。そう考えれば、母が私に謝る必要なんてありゃしない。 「いいの。悪いのは私だし」 「母さんもさ、昔いじめられてたな」 私はその言葉を聞いて、驚いたように目を見開く。 母は祖母から厳しく育てられたせいか、小学校を卒業するときには、洗濯も料理も掃除もできるようになっていたらしいという話は何度も聞かされたことがあったけれど、その中でもいじめにあっていたなんて初耳の話だ。 「でもいじめられていいことなんてめったにないよ。清加はさ、その……宇高君だっけ?これからも仲良くね」 私はコクリと頷いた。 正反対だから釣り合わないって思っていたけれど、その中でも似ているところがあったからきっとわかりあえる。 そう思っていると、なんだか胸がドキドキとしてきた。 「あと自分を大切にしなさい。その心は優しすぎるよ」 自分を大切にすることって、家事の一つもできなくて、すぐダメ人間だと思ってしまう私にできるのだろうか。 わからない。 「あっ!そうだ。めんどくさいでも一度やってやりなさいよ。ほらほら明日の弁当の材料作り手伝って」 母は張り切ってキッチンへ行く。 母のこんな姿を見るのはいつぶりだろうか。なぜかは知らないけれど、六年ぶりだと思う。 その姿に私は少しばかりやる気がでてきて、何年ぶりかにキッチンに立った。母が冷蔵庫からほうれん草を出してまな板の上に置く。 「何切り?」 久しぶりすぎてどうやって切ればよいかわからなくて私は聞いてみた。 「普通に四センチぐらいにカットして」 母はそう言って鼻歌を歌いながら、フライパンでベーコンを炒め始める。 私は頷いてから包丁を持つ。 すると、どうしたことだろうか。突然全身は恐怖に襲われた。 私は震えた手で包丁をまな板の上に置いた。 どうして……? わからない。久しぶりすぎて。こんな感覚は初めてで思い当たる理由も見つからない。 私はそのまま逃げるように自分の部屋に引きこもった。 そしてこんな時は寝て忘れてしまおうとベッドにもぐった。
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