いけない

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「おはよー宇高君」 私はそう言いながら傘をさす。 一緒に登下校をしたりするのは、幼なじみとしかしたことがなかったから、なんだか少し緊張する。 「元気そうだな」 美華吏は笑顔でそう言った。 朝、機嫌がいいのも何年ぶりかのように久しぶりだ。 「今度あいつらがやってきたらいい加減やめさせるから」 あいつらとはいつも私の鞄や上履きを盗んでいく佳奈達のことだ。 私はその声を聞いて、ふと足を止める。 美華吏がいるけどやっぱり、学校に行くには気が重い。 空っぽの靴箱を見るのが辛い。 何も置かれていない机を見るのが辛い。 あんな日々はもう、うんざりだ。 全身には鳥肌がたって足がすくんだ。 「大丈夫。俺がいるから」 そう言って美華吏は私の震えていた右手を優しく包んだ。 誠に使い勝手の良い労りの挨拶だけど、不思議と私も大丈夫と思えて、足を前に進め始める。 私はふと美華吏に繋がれた右手を見る。 今にも心臓が口から飛び出しそうになった。私はその気持ちを顔に出さないように堪える。 それにしても美華吏の手は、カイロのように温かい。そして誰かと手を繋いだのは初めてのはずなのに、不思議と懐かしさを感じる。 「清加さ、あんまり自己嫌悪になるなよ。いいところあるんだから無駄にしないほうがいいぜ」 美華吏はそういつもの穏やかな口調で言った。 とはいえ、私は元からめんどくさがりだし何をやってもダメなのだから、そんなこと言われても無理だと思ってしまう。 私は結局、どうしたらいいのだろうか。 長所が見つかれば夢も見つかると思っていたのだが、なかなかうまくいかない。 私は美華吏に聞こえないように、心の中でため息をついた。 それからいろいろな話をして、あっという間に学校へ着いた。 どうせ靴箱は空っぽなんだろうな。 そう思いながら靴箱を見れば、私は目を丸くした。 いつも佳奈達に盗まれているはずの上履きが、今日は盗まれていなかったのだ。 どうして……? 幸いのことのはずなのに、動揺が隠せない。
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