第一章 私は私が大嫌い

3/11
前へ
/79ページ
次へ
どれぐらいの時間が経っただろうか。気づけば時刻は十二時をまわっていた。私はゆっくりと起き上がり、仕切りのカーテンを開く。どうやら桜先生はいないようだった。ということで、『具合が良くなったから教室に戻ります』という置き手紙を残して私は保健室をあとにした。 私は三階へと続く階段を上がる。その途中、見覚えのあるような人とすれ違う。 「一番ダメなのは自分をダメだと思うことだぞ」 すれ違い様に彼は私の耳に囁くようにそう言った。 突然の彼の不思議な発言にドキリと胸が鳴った。 今、彼から何て言われた? いや、なんと言われたかはわかる。それなのに私はその言葉の意味が一瞬わからなかった。 私は段差の途中で立ち止まって階段の手すりと足元を見つめながら考える。けれど、思いもよらない言葉に頭は真っ白になってしまった。 聞き間違いだよね? そう思いながら彼の方を振り替える。 学ランににあわないセミロングの髪をさらさらとなびかせながら、彼は階段を何事もなかったかのように下りていた。 嘘でしょ…………。 私の頭の中からは驚きの言葉ばかりが浮かび上がる。 まるで私の心を見透かされたような、そんな言葉だった。 彼は最近この学校に来たばかりの転校生だった。確か名前は…………美華吏。端からみればどこからどう見ても女。でも、男。 そんな美華吏はすでにクラスの人気者だ。転校生だからそんなものなのかもしれない。だけど彼の場合はそれ以上の理由がある。 それは繊細で思いやりの心の持ち主であること。 たとえば、クラスの集配物を職員室に取りに行ってみんなに配ったり、係りの人が仕事を忘れていたら彼がいつの間にかやっててくれたり、授業の終わりには黒板にたくさん書かれた字をこれほどまでかときれいに消してくれたりなどだ。 そのせいなのか、クラスではどこか特別扱いされていてみんなから一目置かれている。 そんな美華吏を見かける度、私はこう思う。 彼は優しすぎる人だって。 真面目だし、よく気が利くし、みんなに優しい。一体どこでそんな心を手に入れたんだかが問いただしたくなるくらい。 それと同時に、情けないくらいに何もない私とは正反対だって。 私と美華吏を天秤のように比べてみてもきっと釣り合うなんてことは一切ないのだろうな。 教室に戻れば、当たり前のように互いの机を合わせてわいわいと昼食を食べている人達がたくさんいた。 私は自分の席につき、鞄の中から昼食を取り出す。
/79ページ

最初のコメントを投稿しよう!

36人が本棚に入れています
本棚に追加