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母の話を聞いている間、私は何も言えなかった。信じられないほど優秀だった自分。母を庇った自分。そして頭を打ち、記憶を失っていた自分。 手が震えていた理由は、あの時感じた感覚はこれだったのか。 「つまり私は……小四のその日からずっと記憶喪失だったの?」 「ええ。もう大変だったんだから」 母は優しい笑顔でそう言って、安堵のため息をついた。 私は言葉を失った。 小四の私が愛情いっぱい注いでくれていた母のこと。頼ってきてくれたクラスメイトのこと。浮気をしていた最悪な父のことも。そして優秀な家政婦そのものになっていた自分自身のこと。すべて、忘れてしまっていたんだ。 気づけば瞳からは涙が溢れ出して、それが頬を伝っていた。 「清加はさ、あれから一度も記憶を失う前のことを思い出すことはなく、何もかもにやる気を無くしてしまって、いつの間にかこうなってたの」 そう言う母の瞳からも涙が溢れだしている。   私はキッチンから箱ティッシュを取って一枚を母に差し出し、もう一枚で自分の涙を拭った。 私は最悪な人だ。記憶を失う前は頼られてばかりだったのに、今は誰かに迷惑かけてばっかり。こんなの本当の私じゃない。 「今まで黙っててごめんね。清加」 母は私が差し出したティッシュで涙を拭いながらそう言った。 私はいつの間に自分の個性という色を見失っていたのだろう。まるで埋められたまま、長年忘れ去られていたタイムカプセルのよう。 そんな私の眩しい過去をどうして母は五年も話してくれなかったのだろうか。 いや、母は私が聞いてくるのを待っていたのかもしれない。そうじゃなければ、心から本当の私に気づくことはできなかったと思う。 「あの頃の清加はね、優しすぎて真っ直ぐでその上優秀で理想の娘だった。けれどひとつだけ欠点があったの」 母は真剣な目をしながらも、穏やかな口調でそう言った。 あの頃の私には話を聞く限り、いい所しかないような気がする。 私は首を傾げた。 「いつも誰かのためにって無理しすぎよ。正直、いつか壊れちゃうんじゃないかって心配してた。だからまた無理しすぎないように五年も隠してたの」 母はそう言ってからまた溢れてきた涙を拭う。 あの頃の私は人間はいろいろ溜め込むといつかは壊れるって、わかっていたはずだった。だから愚痴を聞いたり、気を使って行動していた。けれど、本当にわかりきってなかったのは私自身だったんだ。 瞳からはまた雫が溢れ出してくる。私はもう一枚ティッシュを取り出し、それを拭った。
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