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その日の授業は全力で取り組んだ。そしたら予想外のことに、苦手な英語の小テストでは満点がとれたり、体育では「糸湊、どうした?いつもとなんか違うぞ」なんて先生に褒められたりした。 おかげで気分は絶好調。こんなに学校が楽しいと思えたのは久しぶりだ。 いつかに聞いたような、ピアノの音をふいに思い出して、鼻歌でリズムをとりながら、掃除場所へ行く。 掃除場所である保健室に入れば、既にホウキで床を掃き始めている美華吏がいた。 「なんか、ご機嫌だな」 さっきの鼻歌が聞こえてしまったらしく、嬉しそうに言う。 私は「そう?」と恥ずかしくなりながらも答えた。 「その鼻歌さ、俺が前にピアノで弾いた曲だよね?」 言われて思い出す。私が初めて鞄と上履きを盗まれて途方に暮れていた時、授業中というのをわかっておきながら、それを見つけ出してくれて、おまけに音楽室でピアノを聞かせてくれた。その時のメロディとぴったり同じだ。 「そうだよ」 その言葉を返しながら頭の中で、あのメロディを思い出してみると、どこかで聞いたことがあるような、不思議な懐かしさと心地よさを改めて覚えた。 「明後日の夕方、あの場所へ来てくれないかな?そこでピアノを弾きながら待ってるから」 どこか不思議な雰囲気を感じさせるように、美華吏は言った。 まるで私達が前に逢ったことがあるかのように感じる。実際、彼のことは入学当時から優しいながらも、どこか不思議な存在となっていた。 もしかして、私はまだ思い出せていない記憶があるのかも。そこにきっと美華吏の謎は封印されたように隠されている。 あの場所というのもよくわからない。少なくとも前に行ったところがある場所なのだろう。でも美華吏と昔に逢ったかっていうとやっぱり思い出せない。 「あの場所じゃ、わからないよ」 「やっぱり覚えてくれてないんだな。大丈夫。清加は絶対に明後日、そこにたどり着けるから。今はどこかわからなくても」 自信に満ち溢れたような顔をして、美華吏は言った。 その自信はどこからやってくるのだろうか。わからない。けれど、私にはまだ思い出せていない記憶があることは自覚した。 私は気を取り直して、もう一度まだ空白が少しある、あの頃の記憶を思い出そうとする。 家事が得意で堂々と優等生だった私。そんな私を、無理をしているのではないかと心配しながらも、関わってくれていた母や陽果や七生。浮気をしていたという父。 今、思い出せているのはそれぐらい。美華吏の記憶はどこにも見当たらない。
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