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私がそうやって頭を抱えていると、
「そうだ。清加、ちょっと頼まれてくれない?」
母はふいに思い出したような顔をしてそういった。
それどころではないけれど、肩をすくめながらもうなずいた。
さっきアルバムを見たのは結局のところ、何も思い出せなかったから、取り越し苦労といっても、おかしくはないだろう。
今度こそ私が、まだ思い出せていない記憶と関係しているのかもと、ひそかに期待を寄せながら。
「この前、久しぶりに庭にあった倉を開けてみたら、ピアノが出てきたの。それで今から売りに行こうと思うんだけど、手伝ってくれない?」
庭にそんなものがあったのか。十年以上も住んでいた家のはずなのに知らなかった。たぶん、記憶喪失の影響で思い出せなくなった記憶の一つだろう。
しかもピアノって、美華吏と関係している。何か手がかりが掴めるかもしれない。
それから庭にあった倉の方へ行く。倉はずいぶん古そうな感じだった。
さびついた青色の瓦屋根。近年に塗り直したかのように漆喰できれいに仕上げられている側面。そして、もう外れかけになっていた扉。
側面に塗られている漆喰以外はすべて年季があるように見えた。
「いつからあるの?」
「わかんない。ここが実家だったわけでもないしね。きっと随分前にここに住んでいた人が建てたんだと思うの。壁に塗ってある漆喰はね、元がすごくさびていてカビもあったから、業者に頼んで父と離婚する前に塗り直したんだ」
母はそう言いながら、倉の扉に近づいていく。私もそれについていった。
扉は年季があるのか、いつ壊れてもおかしくないぐらい、さびていてドアノブも回らないほど固かった。
やっとのことでそんな扉を二人で開けると、中では天井から雪のようなほこりがはらはらと舞っていた。
中にあるのは古いものばかりだ。金庫や着物を入れたタンスなど、どれも相当劣化していた。
その中にひとつだけ真新しいものが見える。
それが今から売りに行くというピアノだった。
黒色をベースとしたアップライトピアノは、少し埃を被っていたが、使えるようではあった。
「このピアノはね、清加が小学になる時に買ったの。よく弾いてたわでも……記憶喪失になってからは触らなくなっちゃってということで倉入りしたのよね」
母はそう言いながらピアノのふたを開け、それから近くにあった椅子に座り、軽く鍵盤を押す。
シャープのレの音が倉の中に響く。
その音は何気ない一音なのに、とても心地よさを感じた。
「使えるわね。他の音も試してみるわ」
母はそう言ってにこりと微笑むと、鍵盤をランダムに弾き始めた。
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