第五章 空白2

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音と音が重なってメロディを奏でていく。 それは聞いたことがあるようなメロディだった。 そう。美華吏が私のために弾いてくれたメロディだ。 母はこのメロディをどこから知ったのだろうか。弾きなれているように母の指はすらすらと動き、鍵盤が弾かれる。 母も美華吏も知っている曲ということは少しは有名な曲なのだろう。 元々母は音楽を好きかというと、好きではなさそうな方だ。歌いたいからカラオケに行くわけでもないし。ただ機嫌がいいときに鼻歌を歌うだけ。 そんな母のことだったから、ピアノを弾くところを見るのは、生まれて初めてと言っても、過言ではなかった。 それはさておき、やっぱりこのメロディには不思議と懐かしさと安らぎを感じる。まるで幼い時に聴いていたみたい。 そんなことを考えてるうちにメロディは終わりを告げた。 「よーし。大体は使えるわね。久しぶりに弾いたわ。ピアノなんて」 母はそう言いながらのびをする。 久しぶりに弾いたということはいつぶりに弾いたのだろうか。考えてみればどうでもいいことかもしれない。 「前はいつ弾いたの?」 「いつだったかしら?もう覚えてないわ」 首を傾げながら母は言った。 母もこの人生を生き始めて、もうすぐ五十年が経つ。記憶が曖昧になることだってあるだろう。 「そのメロディ、どこから知ったの?」 やっぱり気になっていたことを聞いてみた。 「知ってるも何も、私が作った曲だもの」 母はきょとんとした顔で言った。 予想外すぎる言葉に、私は目を見開いた。 私の母は作曲家だっただろうか。いや、そんなわけない。元から歌はあまり歌わない人だし。 「ど、どういうこと?」 「清加がね、まだ幼かった時に子守唄として鼻歌で歌ってたの。適当に作ったから歌詞はないけどね」 適当に鼻歌で歌ってたわりには今、ピアノで弾けてたし、安定感のあるメロディだったから相当考えて作った曲だと誤解してしまう。 とはいえ、子守唄というのは、大体は安定感のあるメロディだ。その方が眠気を誘いやすい。 「だから懐かしさを感じたのか」 「そうよ。いい曲でしょ?」 それは自画自賛なのだろうか。はたまた母を褒めてと甘えているのだろうか。私にはわからない。だけどいい曲と思っているのは変わりない。 「うん!メロディが好き」 そう言いながら一つの疑問を浮かべた。 母が作った曲なら、なぜ美華吏は知っているのだろうか。家族や友達だったわけでもないし、顔見知りでもない。ただ不思議で優しい彼。とても不可解に感じた。 「ふふっ。作曲家じゃないけど、作った曲を褒めてくれたのは嬉しいわ。さてと、運ぶわよ」 母は少し笑って、立ち上がりながら言う。 私もピアノを持つ体勢を整える。 大きさ的には二人で運べるのか心配だけど、近所に頼れる人がいるわけでもないし、仕方がないだろう。 「せーの!」 母の掛け声と共に、私達はピアノを持ち上げる。 思ったよりずっしりとしていて、持ち上げるのも一苦労だ。 その時、外で風がビュンビュンと音をたてて、強く吹き始めた。 「ちょいと降ろすわよ」 母にそう言われて、私達はピアノを降ろした。 「風、強そうだね」 「また今度にしよっか」 母は呑気に言って、手ぶらで家の方へ戻る。私もそれについていった。
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