第五章 空白2

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翌日の昼過ぎ。空は相変わらずの曇り空だ。 私は今、とても焦っている。空白になっている記憶をいまだに思い出せていないからだ。 時は二時半。どれぐらいの距離があるかわからないし、早めに家を出た方がいいだろう。 そもそも"あの場所"の正体がわからなければ、いつまでもたどり着けないじゃないか。 言ってくれたらいいのに。どうして答えを明かしてくれないの。見つけれないの。 朝に部屋中を部屋の掃除をするついでで、何か記憶に関する物はないかと探していたのだが、全然見つからなかった。 だから今はこうして、部屋に一人、うずくまっている。 こんなことしてる場合ではないのに。 気づけば、私の瞳からは悔し涙が出ていた。それが頬を伝っていく。 途方に暮れていた、その時だった。 ピアノという言葉が頭に浮かんだ。 きっと昨日のことを思い出したのだろう。 やっぱりあのピアノの存在は不可思議だ。 私はピアノを生まれてから一度も弾いたことがない。だから弾ける曲もない。母は幼い頃によく弾いてたと言っていたが、誰かと間違えたのだろう。 もし"あの場所"がわかってもすぐいけるように、肩掛けの黒いトートバッグの中に、最近買って貰ったスマホと、交通手段を使うかもしれないから財布を入れて、ドタドタと階段を降りる。 「清加、どこへ行くの?」 そうやって心配してくる母をよそに「ちょっと散歩」と素っ気なく返して私は急いで靴を履き、倉へと向かった。 壊れかけの扉は毎回外すのも手間がかかると母が言って、外しぱっなしにしていた。だからか、倉の中は外から丸見えだ。 昨日売りに行こうとしていたアップライトピアノも、次回の時に持っていきやすいように、入り口付近に置いてある。 私は何か手がかりはないかと、ピアノをいろんな方向から見てみた。 もちろん、そんなのあるわけない。どこにでもある普通のアップライトピアノだ。 夕方というタイムリミットは近い。刻一刻と腕時計の針は進んでいく。焦らなきゃいけないのはわかっている。 私はピアノのふたを開けてみたり、引き出しを開けてみたりして手がかりを探した。 そして楽譜立ての裏を覗いてみた時にそれは見つかった。 一枚の写真だ。 二種類の花が一面に咲いている花畑。その真ん中にはなんの変哲もないアップライトピアノがあり、それを弾いている少年を撮った写真。 それを見た途端、瞳からは涙が溢れだしていた。 私はとても大切な記憶を、そして不思議な美華吏の正体を、やっと思い出したのだ。
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