第五章 空白2

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____時はまた、五年前に遡る。 ある日の夏の夕方。リビングでは相変わらず父の浮気による、母との喧嘩が勃発しようとしていた。 私はというと、ある少年と一緒に階段の途中で怯えたように座り込んでいる。そして息を殺し、聞き耳をたてていた。 「あなた、いい加減にしてちょうだい!もう、離婚よ!離婚!」 母はそう、耳を塞ぎたくなるほどの怒鳴り声を上げる。 「今、離婚って言った?」 少年は口から出た微かな声でそう言った。母達に聞こえないように気を使っているのだろう。 私の体は震えていた。父が浮気をしていたことは前から知っていたし、いつ離婚してもおかしくはなかった。でもやはりその言葉をいざ耳にすると、震えがやまない。 そして瞳からは雫が今にも、溢れだしそうになっている。 そんな雫を気にしながらも、私は少年の方を向いた。 少年は髪をショートにしていて、瞳は茶色。顔立ちもよく整っている。 「怖い、怖いよ」 私は震えた声でそう言った。 父と離ればなれになるのが怖いのだ。浮気をしてなかった頃はよく、旅行に連れていってくれたからだ。 離ればなれになるということは、もう父とは旅行に行けないこと。それは私にとって寂しいことであった。 「行こう」 少年はそう言うと立ち上がる。 こんな夕方にどこへ行こうとしているのだろうか。迷子になるかもしれないのに。 「どこに?」 「それは秘密だ。行くぞ」 囁くようにそう言って、少年は私の手を引いた。 私はまだやまない震えを抑えながらも立ち上がる。 「こんな時間に?」 「母の怒鳴り声を聞くのももう、うんざりだろ?」 少年は真剣な顔をして言うと、私の手を引いたまま玄関へ行った。 確かに母の怒鳴り声を聞くのには、私もうんざりしている。だからと言って家出をするなんて、度が過ぎていると思う。 とはいえ、行く場所は秘密と言っていたから決まってはいるのだろう。 私達は靴を履き、家を出た。
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