第五章 空白2

7/9
前へ
/79ページ
次へ
体はまだ震えたままで足も上手く動かない。そんな私の手を引いて迷いもなく進んでいく少年。 空はすっかり夕暮れで、透き通った茜色に染まっていた。雲は一つもなく、夕陽は眩しいほどに光を放っていて、目を瞑りたくなる。 曲がり角が多い道を少年に手を引かれるまま引きずられるように下っていく。河川敷についたら次は林を抜け、その先にあるのが目指していた場所だった。 そこには二種類の花が一面に咲いていた。淡い青色の小さな花をたくさんつけ、川岸でひっそりと咲いている花。もう一種類は薄いピンク色の花を咲かせている。花色の変化に光の陰影が加わって、ピンクのグラデーションが複雑に交わっていた。 「きれいー」 「だよな。ピンクのはコスモスってわかるんだけど、もう一つはわからないんだよな」 少年はそう言って頭をかかえる。 コスモスの花言葉は「優美」。私はこの頃、臆病な優等生だったので、そんな私にぴったりの花だと思った。 もう一つの花の名前はなんだろう。見たことのない花だ。だけど淡い青色の花びらからは優しい感じがした。 「じゃあ、名前を知れた時に、また来よう」 「そんな、別れるんじゃないんだからさ」 少年はそう言って、冗談だろうと笑う。 もし離婚というのが本当ならばこの少年はどっちに着いていくのだろうか。厳しくておしゃれ好きな母か、子供思いだけど浮気をしてしまう父か。 「ねぇ、離婚するならどっちに着く?」 私なら迷わず、母に着いていく。母は私にたくさんのことを教えてくれた。料理や洗濯、掃除の仕方まで。 料理はまだ始めて一年半だからもう少し上達させた方がよいだろう。それに家計簿やスケジュール帳の付け方とかも習いたい。そうすればきっと自立するときに役立つから。 「俺は父さんかな。ピアノもバレーも教えて貰ったからもっと上手くなりたい」 少年は目を輝かせながらそう言う。 「じゃあ、お兄ちゃんとは離ればなれだね」 父とも少年改め、兄とも離れてしまうなんて寂しい。生まれてきてからずっと、一緒に暮らしてきたのに。 「お兄ちゃんなんて、俺達は双子だろ?同じ日に生まれてきたから兄妹とか関係ないよ」 そう。私達は僅かな時間差で同じ日に生まれた、いわゆる双子だった。 生まれてきてからずっと一緒で、私が作った料理を美味しいと言って食べるお兄ちゃん。時にはピアノを聴かせてくれた。 兄がでるバレーの試合に家族と行ったこともあった。彼には才能があり、小四のわりにはチームのエースになっていた。特にサーブは強烈で、目にも止まらぬ速さでボールを打ち、相手から点数をもぎとっていく。 そのおかげで大会で優勝をとっていたことも数えきれないほどあった。 そのことから父に着いていく理由は充分に理解できた。
/79ページ

最初のコメントを投稿しよう!

36人が本棚に入れています
本棚に追加