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耳をすましてみれば、ピアノの音が微かに聴こえる。
きっともうすぐ林は抜けれる。そして美華吏と会える。
そんな時に地面にあった大きな石で足をつまづいて転んでしまった。
痛い。血も出てきている。
だけど…………。
こんなところで立ち止まってる場合じゃない!
私は痛みを我慢して走った。
未知なる世界の中にようやく光が差し込んでくる。
「美華吏ー!」
そう叫ぶと同時に私は林を抜けた。
目の前にはコスモスと名知らぬ青い花が一面咲いている。
その真ん中で一人、ピアノを弾いている美華吏がいた。
美華吏は私の叫び声が聞こえたらしく、こちらを向いてにっこり笑っている。
私はきれいに咲いた花達を踏まないように走り、美華吏の元へ行った。
息が荒い。苦しい。
やっとのことでゴールにつき、私は立ち止まって息を整える。
「思い出せたんだな。信じてたよ」
美華吏は相変わらず優しい。今もああいいながら私の頭をポンポンとしてくる。
美華吏という大切な人のことを、忘れていた私は最悪な人と言われて当然なのに。
「なかなか思い出せなくてごめん!でも思い出したよ。美華吏は過去に臆病で優等生の私を支えてくれていた、私の双子の兄、だったんだね」
そう言った瞬間、瞳からは涙が溢れだす。
この感情は一言では言い表せない。なかなか思い出せなかった悲しみと申し訳なさ。それでも優しくしてくれた嬉しさ。それが複雑に混じりあっている。
「そうだよ。この時をずっと待ってた」
美華吏は穏やかな口調で空を見上げながら言った。
私も空を見上げる。
目の前にはきれいな夕焼けが広がっていた。
林に入る前は曇り空だったのに。
「この写真から思い出したんだ」
私はそう言いながらジーンズのポケットから写真を取り出して見せる。
淡いピンク色の花を咲かせたコスモス。優しい青色の花を咲かせた名知らぬ花。その二種類の花が鮮やかに一面を彩っている。
その真ん中でピアノを弾いている、小四の頃の美華吏の写真。
髪の長さは違うけれど、やっぱり美華吏はあの頃の面影を今も残して生きている。
「あの倉にしまったピアノ、まだあったんだ」
嬉しそうな顔をしながら美華吏は言う。
「メロディは母が作った子守唄だったんだね。有名な曲かと思ってた」
「あれ、いいメロディだよな」
そう言って二人で笑いあう。
美華吏に再会できてよかった。もしも思い出した時がもうちょっと遅かったら、こんな幸せな時間という奇跡は、訪れなかったかもしれない。
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