"あの場所"

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「この花の名前、知ってるか?」 美華吏はそう言いながら、青色の小さい花をたくさんつけ、川岸でひっそりと咲いている花を指差す。 もちろん、その花の名前はまだ知らない。 私は首を傾げた。 「勿忘草だよ。花言葉は『私を忘れないで』」 勿忘草とつけられた花は、爽やかな秋風に揺られている。 小四の頃に交わした約束と一緒だ。私はあの約束を守れなかった。でも、五年という時をえて、ようやく思い出した。 「ありがとね。私に思い出させてくれて」 そう言って満面の笑みを浮かべる。 「ああ。思い出してくれてありがとう」 きっと今までのことがなかったら私は一生、思い出せなかっただろう。思い出したとしてもその時に、美華吏は近くにいないかもしれない。そしたら一生、後悔することになっていただろう。 それはさておき、幼い頃に旅行によく連れていってくれた父は元気だろうか。 「父は、あれからどう?」 「それがさ……」 美華吏は急に寂しい顔をして言う。 きっと良からぬことでもあったのだろう。 「清加が自殺しようとしていた前日に、流行り病で亡くなった」 私は衝撃のあまり息を飲む。 でも私の記憶を失わせた、そして浮気をしついた悪者だからざまあみろと思った。 「これからどうするの?」 父が亡くなったということは、今は一人暮らしということ。寂しいだろうし、受験生ということもあるから大変だろうに。 「そこで一つ提案なんだが、一緒に住ませてもらえないか?」 美華吏は顔の前でお願いと手を合わせながら言う。 確かに私達はまだ社会人ではない。一人で生きていけないのは当然だ。金がなくなるのも時間の問題だろう。 私はいいとして母はそれを承諾してくれるのだろうか。厳しくておしゃれ好きだからわからない。 「やっぱりここにいた」 噂をすれば母が林を抜けたところに立っていた。 どうしてここにたどり着けたのだろうか。思い当たる理由は一つだけ。小四の時もここに迎えに来てくれたからだ。 「遅いから迎えに来ちゃった」 そう言って私達の所に駆け寄ってくる母。どうやら私の隣にいる美華吏には気がついてないらしい。 「お疲れ様。遠かったでしょ?」 私はそう言いながら腕時計を確認する。 ちょうど四時半だ。そろそろ帰らなければ陽が暮れてしまうので、グッドタイミングだと思った。 「私をなめないでよ。って……美華吏!?」 母はそう言って口をあんぐり開けている。 それもそうだろう。生き別れで五年も離れていた実の息子にやっと再会できたのだから。
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