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俺は起こさないようにそっと顔を近付け、ユンの唇に唇を重ねた。
──俺には、二つ「秘密」がある。一つは――親友のユンベルト・フォルスターを愛していること。
唇を離した瞬間、感情が溢れて俺は廃工場の外に駆け出した。真っ暗な空と工場の明かりだけが灯る中、蹲って声を殺して泣いた。
どうして俺はβなんだと思わない日は無かった。俺がΩだったら、ユンと番になれただろうか。せめてαだったら、ずっと親友として一緒に居られたかもしれないのに、と。
ああ、俺が城の機械に測定器を忍ばせたのは、世界の真理を知りたいだけじゃない。きっと、少しでもユンの居る場所と繋がりを持っていたかったからだ。もう側に居られなくても、会えなくなっても、ユンを想っていたかったから。
一言、好きだと言えばよかった? そうしたら、少しの間でも恋人で居られたかもしれない?
そんなのは、夢物語だ。αであるユンが俺を受け入れるはずがない。拒絶されて親友でいられなくなるくらいなら、俺のこんなちっぽけな感情は押し込めておくべきだ。
ユンはおとぎ話の王子だ。城のお姫様と結ばれて幸せに暮らさなければ可笑しい。俺のように、小汚い工場労働者と結ばれる話なんて、世界のどこを探してもないのだ。
大きく息を吐き出す。呼吸を整えて、涙を拭って立ち上がった。人工太陽が灯るまで、あと数時間。ユンと居られる最後の夜だ。少しでも、側に居たい。
工場の中に戻ると、ユンはさっきと同じ格好のまま眠っていた。俺はその隣に寄り添うように座り、彼の手を握った。これくらいのわがままなら、許されるだろうか。
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