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ユンのごつごつとした大きな、温かい手をぎゅっと握り締めて、目を閉じた。どうか、このまま目が覚めないでくれと願いながら。
翌朝目が覚めると、ユンはいつ起きたのか廃工場に備え付けてあったシャワー室で身体を洗った後だった。身体から酒の臭いをどうにか抜こうとしたようだが、一升瓶が空になっているところから推察するに、無駄な努力だと言わざるを得ない。
「本当に来るの?」
二日酔いで頭を押さえている俺に、ユンが心配そうに訊ねる。
「ああ。あの場所ならβの居住区と隣接してるし、あれくらいの塀なら何とか侵入できそうだしな」
今日はユンら士官の入隊式が行われるのだが、ちょうどβの居住区と接するところにある施設で行われることになっている。見学などは許されたものではないが、ユンの軍人としての姿を最後に目に焼き付けておきたい。
「事前に侵入経路はバッチリ調査済みだ。心配要らねえよ」
と、俺はテーブルの食べ物を端に寄せて手書きの地図を広げた。
「うわ……君の用意周到さには尊敬を通り越して呆れるよ」
そう言いながら、俺の書き込みを見てユンも本当に平気かどうか確認するように地図を見る。ユンは優秀なので計画に綻びがあれば指摘してくれるだろう。
「俺は大体この辺の塀をよじ登って、物陰に隠れておくつもりだ」
地図の上でバツ印を付けているところを指差す。と、ユンはαの居住区に入ったところの塀を指し示した。
「じゃあ、もし君が見つかったら、この辺りの塀が低くなっているから、そこから君を抱えて逃げ出すね」
そう言って微笑むユンを俺は直視できずに目を逸らし、「そんなヘマはしねえよ!」と地図を畳んだ。
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