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1.
珍しく続いた残業と休日出勤。誰かがやらかした発注ミス。納期の変更に本職である経理処理。次から次へとなだれ込む業務に、イライラして、それでもくたくたのボロボロになって、なんとか仕事が終わった。明日は週末、久しぶりの休日。
パソコンの電源を落とし、荷物をまとめる。時計は定時の19時を少し過ぎていた。
「いやー、今月ヤバいっすねー」
「ねー、今週は休めてよかった……」
同じ状況の同僚たちが、疲れた。お疲れ様。口々に言いながら帰宅を始める。隣の席の女子社員がニコニコしながら声をかけてきた。口元は口紅がきれいに塗られている。
「先輩、休みはデートですか?」
「…あー、連絡してない」
「もー、息抜きも必要ですよ。お疲れ様です。」
キュンキュンしてくださいね!なんて満面の笑みで後輩ちゃんは足取り軽やかに帰っていく。
20代前半、髪型もメイクも夜なのに抜かりがない。若さって行動力の塊だと思った。甘い香水の残り香が、彼女のプライベートの充実さを表しているよう。同じように化粧をしているのに、色々な差を見せつけられている気がした。
「おなかすいた…」
肌寒くなった外の空気。歩きながら頭に浮かぶのは、溜まった洗濯物。一昨日からは食べることも、作ることも面倒で、カップラーメンとゼリー飲料に手を出した。女子力の欠片もない。そのうち男性ホルモン優位で、ヒゲでも生えるんじゃないかと思い、顎を触って確認してしまう。うん、つるつる。
キュンキュンなんて恥ずかしくて、口に出すこともはばかられる。仕事優先で連絡も疎かにしていたけれど、スマホを取り出してだいぶ下になった着信履歴をタップする。
「……もしもし、お疲れ様。珍しいね電話なんて」
「明日、ちゃんと休みになりました」
「よかったー。デートしよ。デートしたい!」
数コールでつながると、まあまあ大きなボリュームで、舌ったらずな陽気な声が返ってくる。
きっと、私すごくニヤけてる。同僚に見られたら、しばらくはネタにされそう。30歳を過ぎて、恋人の声聞いてニヤけてました。は痛い。
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