名前で呼んでほしいんです

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「弟くん、空港って行ったことある?」 「空港?」 「うん。次のお題なんだけど、私行ったことがなくて」  お題。義姉との生活が始まるまでは、お笑い番組くらいでしか縁の無かった単語だ。  この義姉は、本人の言うところの「ちょっとした創作活動」を趣味にしている。三か月前のある日、書きかけの小説のワンシーンを見せられて「男の子って、こんな時どう思うの?」と質問されて以来、俺もたまに相談に乗るようになっていた。 「空港かぁ……飛行機には一回乗ったことはあるけど……」  幼い頃、まだ実の父が生きていた頃に、家族で旅行に行ったことがある。その時に、たしかに飛行機には乗っていた。離着陸のときの、あの内臓が持ち上がるような不思議な感覚は、今でも覚えている。  だけど、どうやって飛行機に乗ったのかは、正直あまり覚えていない。 「空港のことは、覚えてないな」 「そっか」  義姉は(おとがい)に指をあてて、んー、と小さく喉を鳴らしながら天井を見つめた。それが彼女が考え事をするときの癖であるというのは、五か月前にはもうわかっていた。  家の中で義姉がこうなったときは、彼女の頭の中ではたくさんの情報がぐるぐると回っている。邪魔しちゃ悪いし部屋に戻ろうかな、と思った時、義姉がぽつりとこぼすように言った。 「……想像で書いても良いんだけど」  それはそれで面白そうだ。けれど、義姉は納得していないようだった。 「やっぱり、現物を見たほうがいいの?」 「うん」 「じゃあ、見に行く?」 「え?」  天井に刺さっていた視線がさっと下ろされて、俺の目線に正面からぶつかった。なんとなく気恥ずかしさに、反射的に目をそらしてしまう。  まっすぐ見つめられるのには、まだまだ慣れそうにない。
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