1人が本棚に入れています
本棚に追加
「弟くん、空港って行ったことある?」
「空港?」
「うん。次のお題なんだけど、私行ったことがなくて」
お題。義姉との生活が始まるまでは、お笑い番組くらいでしか縁の無かった単語だ。
この義姉は、本人の言うところの「ちょっとした創作活動」を趣味にしている。三か月前のある日、書きかけの小説のワンシーンを見せられて「男の子って、こんな時どう思うの?」と質問されて以来、俺もたまに相談に乗るようになっていた。
「空港かぁ……飛行機には一回乗ったことはあるけど……」
幼い頃、まだ実の父が生きていた頃に、家族で旅行に行ったことがある。その時に、たしかに飛行機には乗っていた。離着陸のときの、あの内臓が持ち上がるような不思議な感覚は、今でも覚えている。
だけど、どうやって飛行機に乗ったのかは、正直あまり覚えていない。
「空港のことは、覚えてないな」
「そっか」
義姉は頤に指をあてて、んー、と小さく喉を鳴らしながら天井を見つめた。それが彼女が考え事をするときの癖であるというのは、五か月前にはもうわかっていた。
家の中で義姉がこうなったときは、彼女の頭の中ではたくさんの情報がぐるぐると回っている。邪魔しちゃ悪いし部屋に戻ろうかな、と思った時、義姉がぽつりとこぼすように言った。
「……想像で書いても良いんだけど」
それはそれで面白そうだ。けれど、義姉は納得していないようだった。
「やっぱり、現物を見たほうがいいの?」
「うん」
「じゃあ、見に行く?」
「え?」
天井に刺さっていた視線がさっと下ろされて、俺の目線に正面からぶつかった。なんとなく気恥ずかしさに、反射的に目をそらしてしまう。
まっすぐ見つめられるのには、まだまだ慣れそうにない。
最初のコメントを投稿しよう!