ZEST

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 それから、“熱情”の魔力は目に見えて拡がり始めた。  シルヴィアの死の一週間後、新聞には街の数名の女性の死が一面で取り沙汰された。死因は揃って中毒死──それも、亡骸の側には必ず“熱情”の瓶が転がっている。彼女たちの共通点は、“熱情”の熱狂的愛用者だということだった。シルヴィアだけではない。“熱情”が人々を殺し始めたのだ。  それと並んで、街では犯罪が多発するようになった。放火に始まり、強盗、誘拐、果ては殺人まで、あらゆる犯罪があちらこちらで起こる。逮捕された犯人たちは、必ずと言っていいほど“熱情”の濃い香りを纏っていた。  舞い込んでくるニュースを読むたび、メアリーは恐ろしくなった。まさか、そんなはずはないと信じたかった。しかし紛れもない事実だったのだ。“熱情”が、人々を狂わせ始めているということは。  メアリーは、シルヴィアの死後“熱情”を身につけないようにしていた。それはシルヴィアの死を思い出させるから、だけではない。メアリーにとって、“熱情”は愛する最高傑作だった。そこに詰まった自らの理想は、彼女の視界にその瓶が映るだけで熱情を掻き立てる。それは耐え難い誘惑だった。メアリーは正気を保っているうちにと、それを戸棚の奥に仕舞い込み、いつもより多く香を焚いて“熱情”への欲求を紛らわした。産みの親が我が子に溺れるなどということは、あってはならなかった。  しかし、ほとんどの愛用者はそうはいかない。メアリーがまだ動揺の只中にいるうちにも、それは人々を侵していった。“熱情”は飛ぶように売れ続け、街は徐々に無法地帯へと化していく。にも関わらず、当局も販売社も“熱情”を禁止しようとはしなかった。彼らもまた、既に“熱情”の強すぎる魔法を受けてしまっていたからだ。  “解放”の魔法は、本当に人々の熱情を解放してしまっていた。鬱屈とした灰色の街で抑制されざるを得なかった人々の熱情が、長くたわめられた分だけ跳ね返って惨事をもたらしたのだ。  このままでは、恐ろしいことになる。  住民たちの奥底に潜むものは、善美なものばかりではない。あの魔法は歪んだ殺人衝動まで強烈に喚び起こしてしまう。正気を保っている人々は懸念せずにはいられなかった。そしてその懸念は、暴力という形で顕在化することとなる。
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