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メアリーは彼女がいつも“熱情”を使ってくれていたことを話した。刑事はやはりという表情で頷き、その箱を開けてメアリーに見せた。
そこには、“熱情”の瓶が十何本も詰め込まれていた。
──彼女の最近の金の使い方には、異常なものがあった。家政婦がそう証言しています。その注ぎ込み先が、これです。
メアリーは絶句したまま、びっしりと詰め込まれた瓶を見つめた。瓶は半数近くが空いており、空の瓶には蓋がされていなかった。香水はそう簡単に使い切れるようなものではない。ましてや、“熱情”は売り出してまだひと月も経っていないのだ。
強く、近すぎる香りで頭の奥が痺れてくる。美しい花に刺が、香りの良い花に毒があるのと同じだ。香水も、強すぎては却って苛烈なものになってしまう。あのシルヴィアに限って、そんな当たり前の前提を忘れることがあろうとは。メアリーは刑事に頼んで箱の蓋を閉めてもらった。調香師である手前、強すぎる匂いは仕事に支障をきたす。それに、嗅ぎすぎてはいけないと、シルヴィアの死が警告しているような気がした。
刑事は箱を閉めて脇に除けると、再び事件について話し始めた。
──彼女の死因が毒死だということは、お聞きになられましたね。
メアリーは昨夜の警官の言葉を蘇らせ、そしてまさかと目を見開いた。
メアリーの予想は、不幸にも的中する。
──シルヴィア・エドワーズの死因は、香水の過剰摂取による中毒死です。
家政婦が彼女を発見したとき、倒れたシルヴィアの側には何本もの“熱情”が落ちていたのだという。彼女の体内からは香水の主成分であるエタノールが高濃度で検出された。シルヴィアは“熱情”を飲んだのだ。
──どうしてそんなことが。
メアリーの問いに刑事は、貴女に分からないのなら我々にはお手上げなのだとかぶりを振った。
一体何がシルヴィアを狂わせたのか、その時はまだはっきりしなかった。ただ、メアリーはその時“熱情”が普通の“香水”ではないということに、薄々気付き始めていた。
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