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夜が明けたら、恋を終える。
枕を濡らすことはしなかった。泣けば、納得しなかったことになる。泣けば、わたしは被害者になる。幸せな二ヶ月間だった。それを否定することは、したくなかったんだ。
鳥が控えめに鳴いたその朝は、笑いを堪えるほど晴れ渡っていた。そういうことなのだろうと、あたしは思った。
出社すると、変わらず空気が揺らぐような感覚に襲われた。噂はひたりと広まっているのだろう。有紀ちゃんがこっそり手を振ってくれた。
大丈夫。わたしと篠原さんは今日からただの課の違う先輩と後輩になる。
いずれ、噂も薄れ消えゆく。
わたしと篠原さんに罪はあるのだろう。
わたしと篠原さんは罰を受けるべきなのだろう。
まだ爪先から頭まで残る恋心を、ゆっくり溶かしていこう。いつ溶けるのか、それは分からない。隠しながら、溶かしながら、生きていこう。篠原さんとともに。それを罰とさせていただくことで、赦してほしい。
電子レンジの列に並んでいた。
すぐ後ろに、知っている香りが並んだのが分かった。驚いた。篠原さんなりの考えがあるのだろう。それでも、わたしは振り返れなかった。
「今日もお弁当?」
篠原さんは、そう声をかけてきた。
篠原さんの意図が分からない、でも、振り返るしかない状況で、わたしは首を後ろに曲げた。
いつもの「ごめん」と謝る顔をしていた。質問とはかけ離れた顔をしていた。
「はい、残りものですけど」
「そっか、偉いね」
「ありがとうございます」
電子レンジの二分が長くて、わたしはお弁当をとり、そそくさとデスクに戻って卵焼きを口に入れた。誰にも見られないように、涙を落とした。
ブース横にある鉢植えから、葉が落ちた。茶色くなって枯れた葉を、わたしは綺麗だったと言ってあげたい。そう思った。
いつか、心から晴れ渡る夜明けを、わたしも篠原さんも浴びられたらいいな。
そう、思うのだ。
了
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