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「そうですね。夜が明けたら、ただの違う課の先輩後輩に戻りましょう」
「あぁ、それが助かる」
篠原さんは自分で作れる最大限の冷たい表情を浮かべている。とても、くるしそうに。
「だから……」
わたしは、切り出した。声が震える。震わすな。しっかり、平気だというように、篠原さんを傷めないように。
「……」
「だから、そんな悪者のふりはやめてください。今夜までは優しい大好きな篠原さんでいてください……」
我慢できずに、膝が落ちた。
篠原さんが悪役を徹したのだから、泣いちゃいけないのに。篠原さんは耐えきれず、わたしのもとへと寄った。何も言わず、わたしの背をそっと撫でた。
街灯と、その上の月に照らされながら、わたしは篠原さんに抱きつきたい衝動を押さえ、篠原さんは抱き締めたい優しさを堪えた。篠原さんの右手とわたしの背中だけが触れ合っていた。
もしも願いが叶うなら、月よ、どうか沈まずに。
わたしと篠原さんは、あなたたちがわたしたちに与えた、恋という素敵な感情に堕ちただけなのだから。夜が明けないでほしいと願ったのは、初めてだった。
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