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互い、堕ちていくのはあっという間だった。
初めて一緒に帰ってから、篠原さんは自分の駅とは違う路線に乗り換えてくれた。わたしの駅で降り、焼き鳥を食べ、お酒を飲み、手を触れ合った。
お店を出ると、風が冷たかった。わたしがマフラーを巻くと、家まで送るよと笑ってくれた。そうしてほしいと見透かされていた。
マンションの前で、さすがに篠原さんは困り顔をした。立ち話になったからだ。どちらも離れたくなかった。それでも、わたしから中に入ってとは言えない。もちろん、篠原さんから言うわけもない。
篠原さんが結婚していなかったら、結婚していても、せめてお子さんがいなかったら。
わたしはそんなことを考えていた。
これが、罪というものか。
同時にそうも思った。
もう、罪を犯しているのなら。
わたしは、篠原さんのコートの裾を引っ張った。篠原さんの左足が動いた。
「ごめん……すこし、待ってて」
わたしと篠原さんが罪を免れる最後のチャンスだった。
篠原さんはわたしに背を向け、奥さんにLINEをした。当然、わたしを傷つける。それを承知で篠原さんはわたしに背を向けた。篠原さんがそうしたのは、迷っていたからだ。
良くない、と。このまま進むのは、誰にとっても良くない、と。
振り返った篠原さんは悲しそうな顔をした。口が「あ」の開き方をした。わたしがそれを遮った。
やっぱり、やめとこう。良くないよ。
そう篠原さんが踏み留まろうとした言葉をわたしは遮った。
「あたし、全然良いんです。篠原さんが会えるときにだけ、こうして過ごせたらそれだけで。お家、あれだったら帰ってくださいね。大丈夫ですよ」
篠原さんは誰もいないことを確かめて、ふわりとわたしを抱き締めた。
見たことのない色をした花が咲いた。
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