堕ちる

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 わたしたちは、光から隠れるように逢瀬を交わした。  週に一回の就業後、軽く飲みに。  それは、週二回となり、やがて週四回となり、わたしと篠原さんは幾度も唇を重ね、篠原さんとわたしはお互いの身体を愛しく抱き合った。  閉め切ったカーテンの内側で、声を押し殺し、わたしたちは冷える外気から身を守るように寄り添い合った。  欲は、足が着くまでどこまでも深く沈みゆく。  わたしは、一日を過ごしたくて仕方なかった。お日様の下で、みんなと同じように笑い合いたかった。  同じ、恋という単語だ。平等に白日のもと晒されたかった。  わがままは一回だけでいい。わがままなのは充分に分かっていた。それでも、お出かけをしたかった。  篠原さんの誕生日が近かったから。私が祝うのは、前日でも後日だっていい。でも、好きな人の誕生日プレゼントを一緒に選びたかった。  篠原さんはさすがに困り顔を見せた。積算課に土日出勤はほぼないと言っていい。困った顔を隠して、篠原さんは頷いた。 「うん。じゃあ、今度の土曜、室西のモールに行こう。俺も、せっかくならプレゼントさせて」 「いや。わたしのは要らない」 「ううん。俺だけは嫌だよ」 「いや!」 「ふ、分かった分かったよ」  ふくれ面をしたわたしの頭がそっと撫でられる。  どう嘘をついたのか、土曜の朝から篠原さんは車で迎えに来てくれた。車内で寄り添い、モールで服を二人で見て、プレゼントを選び、食事をして、二人でクラッカーを鳴らし、ケーキを食べて、ベランダから星を眺めた。  素敵な一日だった。  わたしは神様に向かってお礼をした。こんな、わたしをありがとう、と。自然と涙が出た。帰りゆく篠原さんを、寂しいけれど笑顔で見送った。  篠原さんの匂いが残った枕を抱いて、たくさん眠った。
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