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 まだ少し冷たい海風に当たりながら、桜並木の下を自転車で通り抜ける。この春で丸二年、この道を通っているけれど桜の花びらの舞う海岸通りは別世界のようで飽きることがない。  いつもより少し遅い時間にのんびりと自転車をこいでいられるのは今日が入学式だからで、在校生まで出席しなければならないこの式典を面倒に思いながらも、来週にはそうそうに散ってしまいそうな桜を見れるのでそれほど嫌なわけではなかった。海からの風があるこの並木道の桜は他よりも散るのが少しだけ早い。  桜の散る中、のんびりと自転車をこぎながら学校へ下る道をゆっくりと下りて行った。 「おはよう」 「おはよー」  玄関で前年のクラスメイトと挨拶を交わしながら、貼りだされたクラス表を見る。基本的に二年から選択制でクラス分けされるから、三年に上がってもクラスのメンバーはほとんど変わらない。それでも去年の出席番号の一番はあんな名前ではなかったな、と思いながら新しい下駄箱に靴を入れていると後ろから肩を叩かれた。振り返ると不服そうな顔をした長谷川が立っていた。 「なんでメール返さないんだよ」 「おはよう長谷川」 「いや、おはようじゃなくて」  昨日、長谷川からのメールに返事をしなかったことを思い出す。面倒で適当に返事をしていると後ろから来た黒田が長谷川の頭をはたいた。 「長谷川、朝からうるせーぞ」 「黒田さん聞いてくださいよ。こいつメールの返事全然返さないんだよ」 「黒田、おはよう」 「おはよ」 「って無視かい!」 「はいはい、朝から元気だねお前は」  二年の頃から変わらずのんきにじゃれ合う二人を見ながら、新しい教室へとのんびり歩く。  二年になったときに新しいクラスであまりしゃべろうとしない俺にしつこく話し掛けてきたのが長谷川だった。偶然にも「は」行と「ま」行の名前が少ないクラスで俺と長谷川は出席番号が前後して、それによって席順も前後した。  人懐こい性格で、無愛想な俺に物怖じせずに話し掛けてくる長谷川は正直うるさかったけれど、いつの間にか入ってきた黒田が橋渡しになって気付けばクラスに馴染んでいた。二人がいなかったら、馴染めないままだったかもしれないと思う。 「うげ、あれ上田じゃない?」  新しい教室に向かうため階段を登り切ったところで長谷川のいやそうな声がして顔を上げた。新しい教室の入り口に自分とは縁遠そうな明るい髪色の四、五人の集団が固まっている。隣で長谷川が「進学クラスなんて用はないだろ」と呟いた。  進学クラスは、四年制大学や短大を志望する生徒が割り振られる。これでもかと着くずされた制服や化粧を見るに、比較的派手めな生徒の多い就職クラスであろう彼らが、長谷川の言うとおり、うちのクラスに用があるとは思えなかった。 「お前、クラス表見たか?出席番号の一番伊丹じゃなくなってただろ。就職組から引っ越しらしい」 「うわマジか」  俺たちは集団のいる方のドアを素通りしてもう一つの入り口に向かう。どう見ても苦手なタイプの生徒と関わり合うのが嫌だった。 「お前何でクラス変わんだよ。伊坂いねえとつまんねえよ」 「ほんとにお勉強すんの?」  すり抜けようとしていた俺たちの前をふざけていた集団が塞ぐ。たまたまだろうが迷惑なことこの上ない。少し眉をひそめたときに、集団のうちの一人と目が合った。 「ほらお前ら邪魔になってんぞ」 「だっせえな人に迷惑かけんなよ」 「ごめんなさーい」  ふざけてはいたが思ったよりもすんなりと道をあけてくれた。どうせならドアの前からどいてくれればいいのにと思うが言わない。軽く頭を下げて通ろうとすると横から声が掛かって振り返る。 「悪い、このクラスのやつだよな?」 「ああ、はい」 「今年からこっちだから顔わかんねえんだよ。ここどくわ」  「じゃあな」と集団が去っていくと、伊坂と呼ばれていた男がこちらを向いた。 「お前黒田だろ。野球部の」 「何で知ってんの。……ああ内田先輩か」 「そう。俺あの人の知り合いの知り合い」  さっきの集団の中では地味な色合いではあるが、きっとうちのクラスでは目立つだろう焦げ茶色の緩いパーマの髪と、締まっていないネクタイ。ズボンはだらしなく下がってこそいないが大きめのベルトとチェーンが下がっている。長谷川は意外と気さくに話す黒田に裏切られたような顔をしてそそくさと教室に入って行った。俺は、全然話が通じないわけじゃないんだなと密かに失礼なことを考えていた。と、伊坂がこちらを向く。 「悪かったな入り口ふさいでて」 「いや別に」 「え、めっちゃ怒ってる?」 「いやこいつはこれが普通だ」  黒田が苦笑交じりに言う。初対面の人間に不機嫌そうに見られるのはいつものことだった。 「これは元々の顔だから気にしなくていい」 「マジか」  思いがけず柔らかく笑う伊坂と一緒に教室に入る。席は出席番号順に並んでいるため、俺は窓側へ黒田と伊坂は教室の前の方へ向かう。これもまた去年と同じ担任が入ってきたので、少し急いで席につこうとすると伊坂に呼び止められた。 「そうだ。お前、名前なに」  担任が入ってきているのに、と思いながら俺は答えた。 「森見」
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