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 去年までのクラスと決定的に違うと感じるのは、ホームルームが静かで担任の話を頭っから終わりまで聞いたとき。違うんだなあと改めて思う。  この学校には体育館が二つあって広い方が第二。第二の方が広いのはあとに作られたほうだからだ、というのはさっき知り合ったばかりの森見に聞いた話だ。素直に担任の話を聞くと特に順番は関係なく並んで第二体育館へと向かう。  例にもれず入学式が始まってもざわめきは収まらない。去年まで俺もそうだったように就職クラスはうるさい。どうせうるさくなるとわかっているのだから在校生なんか呼ばなければいいと思う。 新入生にもさっそくうるさい奴らがいて、これも毎年の風景だ。地方の私立高校なんてピンからキリまでということ。 「こっち側ってマジで誰もしゃべらないんだな」   前にいる黒田に話し掛けると隣の生徒がうるさそうにこちらを見る。 「普通だろ」 「カルチャーショック?」  バカ言ってろと笑う黒田は思っていたほどマジメそうではなかった。前に付き合っていた女の友達の彼氏が黒田の先輩にあたる人物で、結構かたくて話が合わなかった。うちの学校の野球部は県大会の決勝戦に常連で、みんなそんな感じなのかと思っていたから黒田が案外話せるやつでよかった。 「えー、ですから君たちもこれから新しい環境で…」  長い長い校長の話を聞き流していると、完全に熟睡しているらしくがっくりと落ちた黒田の、前の頭が見えた。  長くも短くもない黒髪が体育館のライトを柔らかく反射している。名前を聞けば簡潔に答えた森見はしかし、話してみると案外ととっつきやすいやつだった。表情が乏しくて話し方も切って捨てるようだから、初めは不機嫌なのかと思った。でもそれは普通なのだと黒田はまだしも本人も言っているんだから、そうなんだろう。それでも意外といいやつなんだと本人の目の前で黒田は笑った。  律儀に校長の方を向いている頭を見ながら、意外とこのクラスでも大丈夫そうだなとぼんやり思った。 「俺今から部室に顔出してくるわ」  入学式が終わって教室に戻りホームルームが終われば今日は終了。さすがに部活はないらしいが有望株の一年がいるとかで、黒田はさっさと出ていった。適当に手を振って黒田を見送ると後ろの席のやつも慌てたように席を立つ。後ろの席は、俺がプリントを回すたびにビビる伊丹君である。野球部らしい。完全にびびられている。 「伊丹君ばいばーい」  俺の何がそんなに恐ろしいのかと思うが、あまりのビビり具合がおもしろくて声をかけると言葉もなく頭を下げて出ていった。 「お前伊丹いびりやめろよ」  俺が愛想よく手を振って見送っていると後ろから声をかけられる。振り向けば渋い顔をした森見だった。無表情のくせにこういう顔はわかりやすい。 「クラスメイトに挨拶しただけだろ」 「お前いやなやつだな」  今のところ俺に声をかけてくるのは黒田とこいつだけだった。伊丹君ほどじゃないが、なんとなく声をかけにくそうにしている。俺もなんとなく面倒で誰とも話さずにいた。 「お前に言われたくないんだけど。もう帰んの?」 「俺は部活やってないから。お前は?ああ、朝一緒にいたやつらか」 朝一緒にいたやつらとは去年同じクラスだった上田たちのことか、と思い当たる。特に約束をしているわけではなかった。 「いや適当に帰る。お前電車?」 「自転車」 「じゃあ駅まで乗せて俺電車だから」  今日が初対面で図々しいかと思ったが、面倒な顔をしながらも森見は断らなかった。 「友達はいいのか?」 「別に約束もねえし。お前こそいいのか、あのこっちガン見の」  朝、黒田と森見と一緒にいた長谷川君。俺には話し掛けてこない。 「別にいいだろ」  こいつ本当に冷たいなと思いながら連れ立って教室を出た。  自転車置き場は学校の裏側とグラウンドの隅にある。グラウンドを横切って歩く間、森見は相槌も少なけりゃ笑いもしないがなぜか会話は途切れなかった。勉強道具なんて入っていない鞄も、緩くかけたパーマも新しいクラスで浮いている自覚はあった。もしかしたらつるむようなやつはできないかもしれないと思っていた俺としては、森見にしろ黒田にしろ話が合ってほっとしていた。 そんなことを考えながら森見が鍵を外すのをぼんやり見ていると相変わらずの無表情で振り返った。 「乗らないのか」 「乗る」 俺は手に持っていた鞄を肩に掛けると自転車の後ろに乗った。  まだ少し肌寒い風が温まってきた日差しを冷まして心地いい。風が髪を通り抜けていく。 「気持ちーな」 「乗ってるだけだからな」  ざっくりと返すこいつのしゃべり方には早々に慣れた。それが普通なのだと知ればたいして気にならない。 「お前チャリ通ってうちどのへんなの」 「海岸沿いをずっと行った先の――」  町の名前は聞いたことがあったがあまり知らない場所だった。でかい病院のあるあたりかと聞けば、そうだと返ってくる。 「あの海岸通りって桜の隠れスポットだろ」 「よく知ってるな」  前に付き合っていた女が一度行きたいとうるさかったから覚えていた。夕日が落ちる海をバックに見る桜は綺麗で、何だったか恋人たちのジンクスがあるらしい。 「まあそれも時期がくる前に別れたから行ったことねえけど」 「あそこの桜は車道沿いで、反対側はすぐ砂浜になってるから花見には向かない。毎日通る分にはいいけどな」 「それいいな。毎日花見じゃん」 「春はいいけど冬は海風がきつくて寒い」  なるほどと頷いて、今度連れてけと言えばめんどくさいと返ってくるが案外と押せば押し切れそうな気がする。その時のいやそうな顔が思い浮かぶようで俺は一人で笑った。  ほんの十分程で駅に着くと、さっさと帰ろうとする森見を引き止めた。 「乗せてくれた礼にジュースをおごってやろう」 「別にいい」 「何がいい」  いいというのを無視してさっさと駅舎の前にある自販機に歩いていくと、ため息をつきながらもついてくる。そばにあるベンチに並んで、小さな缶コーヒーを飲み終えるまでの短い時間に俺たちは他愛のない話をした。缶を捨てにいく森見の後ろ姿を見ながら、俺はもう少し話したかったなと思った。 「ごちそうさまでした」 「送迎ご苦労さまです」  森見がふざけて礼を言うから、俺もふざけて返す。  ローカルのこの小さな駅には一つだけ大きな桜の樹がある。人が三人腕を回した程度では届かないほど太い幹で、背は低いが枝は大きく広がっていて毎年たくさんの花弁を散らす。 その桜が瞬間、風に大きく揺らされて花びらが舞う。その舞い散る桜の中で、森見が。 「迎えには行かないからな」 笑った。  そういう瞬間は突然くるのだと知る。  俺は生まれて初めて一目惚れというものを、した。
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