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図書館の自習室には俺たちみたいな高校生が他にも何人もいて、それぞれが本に向かっている。その隅の方で、俺は頬杖をついたまま向かいで本に目を落とす森見を見ていた。
どこをどうとっても規格に則った高校生といった感じ。きちんと締められたネクタイにだらしなくないカッターシャツとスラックス。眼鏡は流行のではないシルバーフレームで、それがよく似合う。長すぎず短すぎない髪は耳に少し掛かるくらいで染められていない黒。
「実は俺も地毛なんだけど」
「何の話だ。というか問題を解け」
じろりと見つめられて慌てて鉛筆を持つが、俺のノートは来たときからあまり変わっていない。
とりあえずは一番苦手な数学から始めようと、何がわからないか聞かれたから何がわからないかもわからないと俺は言った。森見は、最近ほとんど癖のようになっているため息をつくと、とりあえず自分の持っている参考書を開き、この問題をやれといって放置した。が、問題よりも目の前の男を見てしまうのは思春期だからしょうがないという話。
「真面目にやらないなら置いて帰るからな」
「歩いて帰るとか無理」
これ以上怒らせると本気で帰りそうなので俺はようやく参考書と向き合う。どうにかこうにか解いたところで俺はあえて声をかけないまま顔を上げた。完全に本に集中している森見は俺が見ていることに少しも気付かない。相変わらず表情は、少ない。
あの日、桜の散る中で笑った森見の顔にすっかりやられてしまった俺は相手が男であることに戸惑ったものの、悩むのも面倒でなすがままだった。こうなってしまったからには全く引く気はないから本気で落としに行くことに決めた。とりあえず教室で森見の隣という立ち位置は確保して、今ではクラスの中ですっかりセット扱いになっている。
「先生、できました」
そろそろ構って欲しくなった俺は声をかける。せっかく二人でいるのに話さないというのは非常にもったいない。勉強を教えてもらうという一石二鳥の建前のことも忘れていないので問題が解けたこともアピール。声をかけるまでが長いのはご愛嬌。
本から目を離した森見が一瞬こちらを見たのにどきりとする。今までにそれなりに付き合っていた女だっていたのに一目惚れなんてしたのは初めての俺はかわいくもなんともない無愛想な顔にめっぽう弱いわけで、
「意外とできてるじゃないか」
思いの外、柔らかな表情で褒められると非常に嬉しい。
放課後、駅まで自転車に乗せてもらうことを完全に習慣化させはしたが、近づけば近づいただけますます貪欲になる俺はそれだけじゃ物足りなくなっている。遊びに誘ってものってこなさそうだったから、勉強を教えてもらう名目で計画的に放課後を独占しようと目論んで猛勉強した。矛盾するようだが、基本すら理解していなければ断られそうな気がしたので基礎ぐらい押さえておこうと思ったわけだ。ただ付け焼き刃なので少し難しくなればさっぱりわからない。
「基本は出来てるみたいだからあとはやり方さえ覚えればどうにでもなる」
「いや無理だ。書いてある意味と、これを解かなければならない意味がわからない」
俺の降伏宣言に森見が僅かに笑う。おお、役得。
「数学の問題なんて全部形式みたいなものだからとりあえずたくさんの問題を解いてまずはパターンを覚えよう」
例えばこれは、とこちらに身を乗り出した森見の顎から首のラインを凝視してしまう。今はネクタイが締められていて見えないが、細い首筋から降りて浮き上がった鎖骨がエロい。というのが俺の見解。
「あとはさっきと同じ式になるから…って聞いてんのか」
「もちろん」
聞いてませんでした。俺は適当にへらへらしたまま参考書に向かう。向かいの席でため息をついたのが聞こえたけれどとりあえずスルー。
今までの経験値が少しも役に立つ気がしないこいつをどうやって落とそうか家に帰ったら考えよう。そしてとりあえず香水の類は全て捨てようと決めた。
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