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プロローグ
「ねえ、知ってる? 人食いの鬼のお話」
女はけだるそうにソファに横になりながら言った。長い髪を茶色に染めた、妙齢の美女だ。その豊麗な肢体は、今はゆったりとしたバスローブに包まれている。風呂あがりなのだろう、肌も髪もしっとりと湿っている。
「人食いの鬼? まさか、ここ最近頻発してる物騒な事件と何か関係があるっていうのかい?」
女のすぐ隣には一人の男が座っていた。黒いタートルネックのシャツに、レザーパンツを履いた、二十歳前後くらいの男だ。細身で背は高く、髪は黒く短く、顔立ちは凛としてよく整っていた。
彼らがいるのは、十六畳ほどの広さの洋室だった。部屋の内装は瀟洒で、落ちついた雰囲気があった。今は夜で、窓の外は暗く、部屋の隅にあるローテーブルの上に置かれたランプの光だけが、室内を頼りなく照らしている。
「バカね。最近ここらで起きてるのは、若い男の行方不明事件でしょ。人食いの鬼がわざわざ男だけ選んで食べると思う?」
「はは。そうだね。食べるとしたら、女の子のほうがおいしそうだ。君のような」
男は女に微笑みかけた。優男が女に向ける笑みとしては実に完璧だった。だが、その瞳の奥にはかすかに鋭い光が宿っていた。
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