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「私が言いたいのはね、昔話よ。伝説って言った方がいいかしら? 人食いの鬼と恋に落ちた人間の女の物語」
「へえ、なんだかロマンチックだね」
「そうね。でも所詮、化け物と人間の恋。実るわけなんてないわ。恋をかなえられずに人間の女は死に、その無念の気持ちは、やがて呪いになって鬼の一族に振りかかったの。何百年も、未来永劫、ずっと……」
「どんな呪いなんだ?」
「人食いの鬼が鬼でいられなくなる呪い……人を食べられなくなっちゃう呪いよ。鬼の子孫の中に、そういう、拒食症みたいな鬼が生まれるようになったそうなの。ごくまれにね」
「ふうん。鬼にとっちゃ災難だが、人間にとっちゃありがたいことだね」
男はいかにもどうでもよさそうに脚を組みながらつぶやいた。しかし、その瞳はやはり鋭い光をたたえていた。
「ねえ、あなたは信じる? 人間じゃない者との恋の話」
「さあ? いまいちピンとこないな」
「じゃあ、もし、私が人間じゃないとしたら?」
「君が?」
「そう。私、実は人食いの鬼だったりして……」
女は艶っぽく微笑み、ゆっくりと上体を起こした。そして、湿った髪をかき上げながら、男をじっと見つめた。
「はは、冗談はいいよ。君は鬼なんかじゃない」
「まあね」
「少なくとも、本物の鬼じゃないからね」
「え――」
とたんに、女はぎょっとしたように目を見開いた。と、同時に男はすっとソファから立ち上がった。その瞳はもう、殺気を少しも隠していなかった。
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