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やがて女はミイラのようになり、まったく動かなくなった。男はその体を放し、立ち上がった。そして、レザーパンツのポケットからスマートフォンを取り出し、電源を入れた。
「……ああ。こっちは終わったから、あとの始末は頼むよ、叔父さん」
電話の向こうにいる相手にそれだけ伝えると、彼はすぐに電話を切り、部屋を出た。
彼がいたのは、とある高級住宅街の一角にある一軒家だった。その正面の閉ざされた門をひょいと飛び越えると、彼はそのまま夜道を歩き始めた。まるで何事もなかったかのように。季節は四月だ。夜の外気はほどよく冷えていた。
だが、数メートルほど歩いたところで彼はふと思い出したように立ち止り、再びスマートフォンを取りだし、どこかに電話をかけた。
「……はい。僕はなんとも。無事に終わりましたよ」
そうつぶやく彼の声音は、とてもおだやかだった。
「そうか、よかった。華伝、私はお前に何かあったらと思うとな……」
電話の向こうから聞こえてくるのは、少女のものらしい声だった。
「はは、心配性だなあ、ルカは。いつも通りやっただけですよ」
華伝と呼ばれた男は笑って答える。先ほどの瘴鬼の女に向けた作りものの笑顔とはまるで違う、自然で、どこか子供っぽい笑みだった。ルカという少女に、自分のことを心配されたのがうれしいようだった。
「これから帰ります。ルカはぐっすり眠って待っていてください」
「ああ。わかっている。薬を飲んで、絶対に起きることがないようにしておく」
「ええ。そうじゃなきゃ、僕はルカに殺されてしまいますからね」
華伝は微笑みながら言うと、そこで電話を切った。そして再び夜道を歩き始めた。
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