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番犬の瞳に映る僕
時刻不明。
寒さで目が覚めたのか。
それとも慣れない板の間なんかで寝ていたから目が覚めたのか。
はたまたそれの両方か。
とりあえず僕は、目を覚ました。
後になって聞いた話だが、どうやら僕は、あのヴァローナとの喧嘩の後、その場で気を失っていたらしく、そしてそれを見つけたガットネロさんが、僕を店の中に運び込んでくれたらしいのだ。
そして店の中では、カーグさんが毛布を掛けてくれたらしい。
そしてその後、僕はその場で放置されていた。
身体中が物凄く痛い。
着ているモノが昨日と変わらないせいか、汗とお酒の臭いでひどく臭かったが、生きているということを確認できたので、僕は安堵した。
しかし安堵したのも束の間、僕はあることに気が付いた。
それは辺りの景色が違っていることだ。
店の中に人の気配はせず、灯りが消されているだけで、ここはまるで、知らない場所のようだった。
その感覚がとても不思議で、とても怖かった。
「あ、起きた。」
不意に後ろから声がした。
その声の方向に視線を向けると、そこには小さな女の子が、拳銃持って座っていた。
「えっと...」
「あんまり動かない方がいいよ。動くと疲れるから。」
そう言いながら彼女は、銃を両手で持ったまま、僕から10メートルほど離れ、身を丸めるようにして、僕と同じような毛布にくるまって、座っていた。
「君は...?」
「私はこの店の番犬。」
「番犬...?」
「そう。」
その彼女の言葉があんまりにも淡々としていたからか、僕はおかしなことを、彼女に尋ねてしまう。
「君...人だよね...?」
それを聞いて、彼女は少し、呆れたように答えた。
「君、バカでしょ。番犬っていうのは、私達の仕事の名前。ここら辺は盗みとかが酷いから、私達みたいなのが、お金をもらって、夜通しお店を見張っているの。」
それを聞いて、僕は納得した。
「あーそういうこと。」
「そう、そういうこと。」
そう言うと彼女は、すかさず僕に銃を向けて引き金を引いた。
しかしその弾丸は、僕ではなく、僕の後ろに居た大きな男の額に命中した。
その男は、この店の酒か食べ物を盗もうとしたのだろう。
店に入る寸での所で、大の字に倒れて死んだ。
その恐ろしく正確な射撃が、もし自分に向けられていたらと想像して、ゾッとなった。
「だからさ、できれば朝まで、じっとしていてね。正直撃つのは、疲れるから。」
「わかった…そうするよ…。」
「お願いね。」
彼女のその静かな声が、何故だか余計に、恐怖を駆り立てた。
寝てしまおうと毛布にくるむが、眠れない。
あんなモノを見てしまったからか、結局僕は、朝まで眠れずに、ただ毛布にくるまっていた。
朝になると、店の人なのだろう。
若い男性が入ってきた。
それを見て、その女の子は立ち上がる。
しかし彼女は銃を構えず、ペコリッと頭を下げた。
どうやらこの店の関係者なのだろう。
その男の人も彼女に合わせてお辞儀をした。
「お疲れ様です。これ、今日の分ね。」
そう言ってその男性は、彼女に封筒を渡した。
渡された彼女は中身を確認し、その封筒を腰につけていたポーチにしまった。
ついでにもう今日は使わないのか、拳銃もポーチの中にしまい、一言、淡々と挨拶をした。
「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております。」
そう言うと彼女は、店を出ていってしまった。
その後ろ姿をボーっと見ていると、彼女は僕の方を振り返った。
「おい、何している。君も来るんだよ。」
「えっ...?僕も?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「なにが...?」
僕がそう言うと、彼女は一枚の紙を僕に見せた。
その紙には見覚えのある筆跡で、僕の名前とヴァローナの家の住所が書かれていた。
「君をこの住所まで送り届ける仕事も受けたんだ。報酬も前払いでもらっちまった。だから付いてきて。私はとっとと帰って寝たいから。」
「...そうなんだ。」
「そうなの。だから早くして。」
彼女はそう言って振り返った。
そしてまた前を歩きだしたので、僕はそれに付いて行くことに、なったのだ。
その道中、歩いていると、不意に彼女振り返って、僕に声をかけた。
「そういえば君さ、どこから来たの?」
「えっ…?」
「いや、ここら辺の奴らとは、なんか違うから。多分違うところから来たんだろうなって思ったんだけど。」
そう言いながら彼女は、市街地にいる人々と僕を見比べていた。
市街地の人達は皆、様々だった。
今日一日商売をするために、店をあける人もいれば、いつ死んでもおかしくないような人が、道行く人に、物乞いを訴えていた。
彼女は、そんな町の人達と僕が、明らかに異なると、言っているのだ。
そして彼女は、ある方向を指差しながら、僕に尋ねて来た。
「もしかして...あそこ...?」
そう言いながら、彼女が指さした先には、アルカディアが居た。
「...うん。実は、そうなんだ。」
「そうなんだ。なるほどね。道理で他の奴らとは違うわけだ。」
「そんなに、違うかな...?」
僕は恐る恐る、彼女に尋ねた。
しかしこれは、ガットネロさんやカーグさんにも言われていたことだった。
それなのに自分では、どうしてもその違いが、わからなかった。
「うん、なんていうのかな、綺麗過ぎる...かな...?」
「...?」
僕は彼女が言った言葉の意味が、イマイチわからなかった。
しかし彼女は、そんな僕を気にしない様子で、話を続けた。
「私もね、実はここの住人じゃないの。ここからもっと北にある、戦争ばっかりやっている所が、私の故郷。そこはね、ここよりももっと、酷い場所だった。仕事どころか、食べるモノすらろくに無いし、次の日には爆弾で家が跡形もなく燃えていたとか、珍しくなかったんだ。」
彼女が語るその話は、僕が知らないモノだった。
それ故に僕は、彼女の話を、真剣に聞こうとした。
「そんな所があるの?」
「ウソだよ。」
「えっ?」
「だからウソ。作り話。フィクション。そんな所あるわけないじゃん。」
そう言いながら彼女は、少し得意げに、口元を笑わせていた。
「やっぱり。君、騙されやすいんだね。」
「だって、今のは…」
「あんな話に同情するような人間は、ここには居ないよ。それにさ、君は私と歩いてる時、物乞いの人を見る度に、泣きそうな顔していたでしょ?」
「そうなの、かな…」
「そうだよ。そして私は、君のその様子を見て、『無意識に他人に同情できる人』なんだなって、思ったんだ。そんな綺麗な人間、ココで生きられるわけがないよ。ココで生きている人達はさ、なにがあっても、他人に同情なんかしないんだ。もしそんなモノを抱いたら、次の日には、自分が殺されるって、わかっているからね。」
その彼女の言葉は、何処か確信している様なところがあって、僕は何も言い返せなかった。
こんな言葉を聞いてしまうと、昨日のヴァローナとのやり取りで、自分がどれだけ浅はかなことを口にしてしまったかが、どうしても、浮き彫りになってしまうのだ。
そして彼女は、そこからは何も言わなかった。
そこからは、ただ仕事をこなすために、その小さな少女は、僕と共に、歩き続けたのだ。
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