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システムへの招待状
ヴァローナとのあの会話から、さらに数日が経過した。
その数日の生活は、今までと変わらず簡素なモノだったけど、僕と彼の間に流れていた空気は、以前までとは明らかに、違うモノになっていた。
その、間に流れる空気の温かさは、言葉を尽くさなくても、互いに伝わっている様な気がして、とても嬉しい気持ちになった。
そしてさらに月日が流れ、僕達はついに、作戦決行当日を迎えることになった。
予定通り、アルカディアの護送車を奪い取ることが出来た僕達は、攫われていた人たちを助けることが出来た。
そして検問の方も、その護送車と僕の生体IDを使って、入ることが出来た。
鎖国政策を長いこと取り入れてしまっているからか、検問の方はアンドロイドが『住民』であるか否かを判別するだけなので、狙い通りそれを突くことに成功した。
そして僕達は今、護送車をオートパイロットに切り替えて、目的地である『総督府』を目指していた。
カーグさんから貰った銃に弾が入っていることを確認した僕は、それを装備した。
そのとき、視界に入った車の窓からの景色に、少し違和感を覚えた。
しかしながらそれは、僕自身がかなり長い間、外の世界に居たからだと、思い直した。
久しぶりに見る街並みに懐かしさを覚えていた。
しかしその反面、悲しさがこみ上げてきてしまうのを、僕はどうしても抑えることが出来なかった。
ここに住む人達は、何も知らない。
それだけのことに、どうしょうもない程の悲しさを、覚えてしまうのだ。
「大丈夫か、ユラ?」
僕の様子を見て、ヴァローナが声をかける。そして彼のその言葉に対する僕の言葉は、まるで自分に言い聞かせるような、頼りないモノだった。
「うん、大丈夫だよ...大丈夫だから...。」
「そうか...。」
そこからは何も、会話はなかった。
多分ヴァローナも緊張しているんだと思う。
これから死にに行く様なモノなんだ。
緊張して、当然だ。
そして僕たちは、ついに総督府の目の前に到着した。
車は総督府の正面で停まり、ドアが開いた。
どうやらここで降りろということなのだろう。
僕達は武装した状態で、車から降りた。
アルカディアの気候は、外の世界とは全く違っていて、とても温くて、穏やかな気候だった。
しかしそれが、システムによって作られているということを、偽物であるということを、今の僕は知っている。
そんなことを考えていると、隣のヴァローナが、僕に声を掛けた。
「案外簡単に、ここまで来れたな...。」
「うん、そうだね...。」
簡単...たしかに僕もそう思っていた。
いくらアルカディアの護送車を奪ったとしても。
いくら僕の生体IDを使っているとしても。
あまりにも早く、ココに着いてしまっている気がしてならなかった。
しかし今は、そんなことをじっくり考えている余裕など、僕達にはなかった。
「ユラ、中に入るぞ。」
ヴァローナのその言葉で、僕は我に帰った。
今は目的を果たすことが、先決だ。
そして僕とヴァローナは中に入った。
しかし施設の中は、何も、誰も、いなかったのだ。
「これって...」
「どういうことだ...まるでもぬけの殻じゃないか...。」
「うん...そうだね...。」
派手な銃撃戦を期待していたわけではないけれど、警備ドローンが一体も居ないことは正直、想定外だった。
しかし元から何も居なかったわけではない。
それを示すように、様々な所に、ドローンの痕跡があった。
そしてその痕跡が、かなり新しいことに、僕は気付いた。
「このドローンの痕跡...昨日までは普通に動いていたんだ...。」
「そうなのか?」
「うん。ドローンが通った跡に、微量だけど、可動粒子があるから。」
「可動粒子?」
「うん。これのこと。ドローンをシステムの伝達で動かす時に使う粒子なんだ。」
そう言って僕は、痕跡の後を指でなぞった。
その指には微かに光る粉が付いていた。
この粒子の開発も、おそらくアルカディアが絡んでいるのだろう。
そして僕たちは、その痕跡を追う様にして、誰もいない施設の中を、しばらく歩いた。
本当に誰もいない。
しかしながら、施設自体は稼働しているようだった。
「はぁ...こんなに誰もいないとは、さすがに思わなかった...。」
「でも、変だよ。いくらなんでも、誰もいなさすぎる。稼働している総督府がここまでもぬけの殻なのは、明らかにおかしい。」
「これは、何かの罠か...?」
「わからない...けれど...」
その可能性はある。そう僕が言いかけると、前方に車型のドローンが、こちらに来るのがわかった。
そのドローンは明らかに戦闘向きではなかったから、僕らはそれと正面から向き合った。
しかしこの施設内で初めて見るドローンに、僕達は警戒を露わにした。
「なにか来るぞ、ユラ。」
「うん。」
そう言いながら、僕と彼は、拳銃に手を伸ばす。
そしてそのドローンは、僕達の前で停まった。
停止したドローンは変形して、機械内部から、ICチップの様なモノを、こちらに向けて渡してきた。
「なんだ...これ...?」
「わからない...何かのデータ...かな...?」
そう言って、僕がそのチップに触れた瞬間、僕の頭の中に声が響いてきた。
『生体IDを確認。アルカディアの登録済み正式住民であることを確認しました。』
「えっ...なんだ...この声?」
「おい、どうしたユラ。」
どうやらヴァローナには、この声は聞こえないようだった。
このICチップに触れている僕だけに聞こえているようだった。
『この世界の管理者が貴方を待っています。私の指示に従い、歩行して下さい。』
「あなたは...一体何なんですか...。」
『私はシステムです。この都市を運営するシステム。そして私は、貴方をこの世界の真実に招待します。』
「真実に...招待...?」
『そうです。』
その頭に響く声は、僕に歓迎を示した。
それと同時に頭の中に描かれる総督府の地図。
この地図通りに進めば、アルカディアシステムの本体が管理されている場所に辿り着くことができるのだろう。
そしてその声は、さながら招待状の様に、綺麗な機械音で、こう言った。
『ようこそ。アルカディアへ』
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