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被害者は故障品
「さぁ、じゃあそろそろ、選んでもらおうか。」
そう言いながらも、その青年は、僕に構えた銃口を、外そうとはしてくれない。
そのあまりにも慣れ過ぎている動作や言葉、銃の扱い方、そしてなによりも、その青年の瞳の静けさが、瞳の冷たさが、自分がアルカディアの人間ではないということを、どうしようもなく、物語っていたのだ。
「俺に協力するか、それともここで、俺に殺されるか...。」
「えっ...」
青年が構えた拳銃に呆気を取られていたのか、それとも、扉の外の風景に気を取られていたのか、そこには似つかわしくない声で、僕は反応した。
「...。」
「どうした、なんか言えよ。」
しばらくの沈黙の後、僕はなんとなく、悟ったように言った。
「どっちにしても...もう僕は、アルカディアには戻れないんだろ?」
それを聞いた青年は、不思議そうに、怪訝そうに、不快感も混ぜたような声で、僕に問い返した。
「...戻りたいのか?」
その声に僕は、過剰に反応する。
それで開放してくれるわけではないことを、わかっていたけど、必要以上に、強い口調になって、彼に言った。
「そりゃそうさ、戻りたい。君がどんなに嫌っていようと、アルカディアには僕の家族や友人もいるんだ。戻りたいに、決まっている...。」
青年は僕の反論を聞いた後、僕に向けていた拳銃を下した。
しかしそれ以外は、何も変わらなかった。
外の荒野の景色も、この拉致されている状況も、そしてその青年の表情すらも、何も変わらない。
それでも青年の瞳は、変わった様な気がした。
それまでずっと、冷たさしか感じなかったその瞳に、哀れみの色が浮かんだように見えた。
そのときにはじめて、僕は彼が、僕と同じ人間なのだと理解した。
「...なら、なおさらだ。なおさらあんな所は壊すべきだ。あんたが本当に、その家族や友人っていうのを、大切に思うならな...。」
彼のその言葉はまるで、今アルカディアに住んでいる人達にも、何かが起こるような言い方だった。
だから僕は、彼のその言葉が、そういう意味ではないことを、どうしても確認したかった。
「どういう意味なんだ...?今あそこに住んでいる人達にも、何か関係があるのか?」
「...知りたければ、一緒に来い。そうすれば嫌でも全部知ることになる。」
彼はそう言って、僕から視線を外した。
しかしその言葉は、彼が何かを知っていることを、十分に示していた。
だから僕は、もう一つ、大事なことを彼に尋ねた。
「君は一体、どこまでアルカディアのことを知っているんだ...。」
「それは、今は言えない...。しかしもし、お前が俺に協力するなら、そのうち、教えてやるよ。」
理不尽だ。
こんな風に拉致した挙げ句、わけがわからないテロ行為に協力しなければ、殺される。
これを理不尽と言わずして、何ていうのだろう...。
しかしこの時、僕の頭の中には、純粋な疑問だけが残った。
アルカディアの外に居る彼がなぜ、アルカディアの情報を知っているのか。
彼はなぜここまで、アルカディアを敵視するのか。
彼はどうやって、アルカディアに侵入したのか。
それ以外にも、僕は彼に対して、知りたいことだらけだった。
だからかもしれない。
「...わかった。君に協力するよ。」
このときの僕は、きっと殺される恐怖よりも、彼に対しての好奇心の方が、勝っていたのだろう。
こんなときに後者を優先してしまう僕は、きっとどこか壊れている。
「...そうか。そうしてくれると、俺も助かる。」
彼はそう言って、僕に拳銃を向けた。
しかしそれは、僕が繋がれている拘束に狙いを定めていたらしく、彼が引き金を引いた後、胴体を巻いているチェーンは、銃弾一発で砕け散った。
そのあと彼は、同じように拳銃で、両手、両足の拘束も壊した。
この暗い廃工場の中で、こんな銃の使い方を、普通ならやらないだろうと、僕は思った。
「...勘違いするなよ。僕は君を信用したわけじゃない。ただ、ここで殺されるよりは、まだマシだと思っただけだ。それに自分が生きている世界のことを、何も知らないまま、死にたくはない。」
「あぁ、わかっているよ。」
そう言った彼の目は、僕に銃を構えていた時と、変わらないままだった...。
その後、僕達はその廃工場を出て、外に出た。
外の空気は、とても冷たく感じた。
しかしその冷たさは、壁の中のモノとは異なったモノだと、容易に理解できた。
そしてそれは同時に、アルカディアで感じていた空気は、本当に作られていたモノだと、僕に理解させるには、十分なモノだった。
「すごく、さむいな...。」
僕がそう呟くと、隣に居た彼は、僕にコートの様なモノを渡しながら、言った。
「今は冬だからな...。適温を保てるアルカディアとは違って、ここら辺はいつも、こんな感じだ...。」
「そう、なんだ...。」
そう言いながら、僕は彼から渡されたコートを羽織った。
しかし温かさは、ないよりはマシな程度だった。
そして僕達は、しばらく歩いた。
そして振り返ると、遠くに巨大な光がみえた。
あの光はきっと、アルカディアなのだろう。
都市内では夜であろうと、システムが起動し続けている以上、アルカディアという都市は、街灯が絶え間なく、光を灯している。
そして外壁の光は、外壁に埋め込まれているとされている、ナノ型監視カメラのモノだろう。
昔授業で、アルカディアの外壁には、内側の住人と、外側の状況を監視するためのカメラが、無数に埋め込まれていると、教えられたことがある。
それに監視されているからこそ、僕達住人は、安心して暮らせるのだと、その時僕は、たしかに、教えられたのだ...。
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