10人が本棚に入れています
本棚に追加
酒場の子
「ここは...」
時刻は夜の七時頃。
ガットネロさんの提案で向かった先は、なんと酒場だった。
「こういう店は、こういう場所では、自然と繁盛するんだと...。」
そう言いながらヴァローナは、酒場のドアに手を掛けた。
僕はそれを見て、咄嗟に彼に言った。
「ちょ、ちょっと待って!」
「あ?何だよ?」
ヴァローナは不思議そうに僕を見た。
「僕達は未成年だ。こういう店にはまだ入れないだろ?」
僕達より先に店に入ったガットネロさんは、見た目からして明らかに、飲酒適年齢だと思うが、僕達はそうはいかない。
見た目からして、明らかに未成年だ。
しかしヴァローナは、そんな僕を見て笑った。
「ハハハハッ...ユラ、お前まだそんなこと言っているのか?」
「えっ?」
「もういい加減、わかるだろ。そんなことを気にする様な奴が、ココに、この世界に、いると思うのか?」
「あっ...」
僕は言われて気が付いた。
たしかにココでは、そんなことを考える人はいない。
そもそも法律というモノが存在していないのだ。
あるのはルールだけ。
殺し、盗み、買収、様々な犯罪と言われている筈のモノが、ここでは横行しているが、『自分の身は自分で守る』というルールだけは、必ず誰もが、守っている。
「…そうだ、この街はそういう意味でも、外側にいるんだ。」
僕の顔を見て、察したようにヴァローナは答えた。
そうだ。
今僕が生きているのは、アルカディアの中ではないのだ。
今僕が生きている世界。
それは、外側の世界なのだ。
「ほら、行くぞ。」
そう言うと、ヴァローナは酒場の扉を開けて、僕達は店の中に入った。
酒と煙草の臭いと、聞いたことがない陽気な音楽と、それに合わせてはしゃぐ大人達の声が、扉を開けた途端に、僕の五感を刺激した。
しかしヴァローナは、こういうのに慣れているようで、顔色一つ変えないで、店に入って行った。
「いらっしゃい」
出迎えてくれたのは、僕やヴァローナとさほど年が変わらない、女の子だった。
それでも背丈は僕よりも少し小さくて、手足が細く、華奢な身体つきをしていた。
「...あっ」
「え?」
彼女は僕の後ろに居たヴァローナを見かけた途端、ものすごい速さで僕達との距離を詰めた。
「どいて」
そう言うと彼女は、左手で僕を、押しのけた。
そしてそのまま、右手をヴァローナに突き出した。
その右手には、さっきまでは存在していなかったはずの短いナイフが、しっかりと握られていた。
そして店中に、耳を思わず塞ぎたくなる様な、鈍い金属音が響いた。
「くっ!」
その音は、ヴァローナが自分のナイフで応戦した音だった。
それで落ち着いたかに思えた瞬間、今度は店の中に、拳銃の発砲音が響いた。
それは少女の、ユラを押しのけた時に使った左手の、小さなピストルからの音だった。
引き金を引いた時の音だった。
銃声というのを初めて聞いたわけではなかったが、僕は思わず、目を奪われた。
「…おいおい、これはどういうつもりだ、クレーエ。」
戸惑いと怒りが混ざった様な声で、ヴァローナは彼女に言った。
ヴァローナは放たれた銃弾を、寸でのところで避けたらしい。
店の壁には銃弾がめり込まれていた。
「挨拶?」
「俺は瞬殺されかけているどな!」
「こんなことするの、ヴァローナにだけ。」
「うれしくない。」
膠着状態の彼と彼女のナイフは、ヴァローナの一言の切れ目で、彼女が持っていたナイフが、完全に刷り上げられた。
勢いよく飛んだ彼女のナイフは、その勢いのまま、店の天井に突き刺さった。
「はぁ、まったく…もうその殺しに来る癖をなんとかしてくれ。いつか本当にころされそうだ。」
「それが目標。」
「やめてくれ。それに、連れも怯えるだろ。」
そう言ってヴァローナは僕の方を指さす。
それを聞いた彼女は、僕の方を一度見た後、もう一度ヴァローナの方を向いて言った。
「あれ、ころす?」
「ころさない」
「だめ?」
「だめだ。ほら、そろそろ仕事に戻れ。客が呼んでいるぞ。」
「...わかった。」
そう言うと彼女は、彼女を呼んでいたお客さんの方へと走っていった。
容姿相応に声がとても綺麗な子だった。
話していた内容と武器さえなければ、多分どこにでもいる女の子と変わらない。
「おい、大丈夫か?」
ヴァローナが少し、心配そうな顔で、僕を見て言う。
普段はあまり、しない顔だ。
「あぁ、うん。大丈夫。少し驚いたけど。」
そう僕がヴァローナに言うと、なぜか彼は少し、いつもと違った表情を見せた。
その表情が何を意味しているのか考えていると、今度は店の奥から、さっきの子とは違う外見の人が現れた。
「やっぱり、ヴァローナじゃないか。どうしたんだ、今日は?」
その声は、外見がいかにも優しそうな男のモノだった。その人はコックコートを着ていて、おそらく厨房の仕事をするのだろう。
「コルボー。わるいな。店を騒がしくしちまって。カーグに会いに来たんだが、先にガットネロがきているだろ?」
その人に対して、優しい声で、ヴァローナは言う。
さっきの女の子との殺し合いの時も感じたが、彼は彼等と話す時、彼からは、どこか気の置けない空気を感じた。
きっと彼にとって、彼等は家族の様なモノなのだろう。
「あぁ。たしかにさっき来ていたよ。店の奥にいると思うけど...それよりそいつは何だ?そいつもママに会わせるのか?」
そう言うと、コックコートの彼は、少し怪訝そうな顔で、僕を見た。
さっきまでヴァローナと話していたような気の置けなさは無く、僕を警戒しているようだった。
「あぁ...まぁ、訳ありでな...。」
その彼の表情を見て、ヴァローナも少し困っているように見えた。
そして彼等が話をしていると、店の奥から、少し雰囲気が違う笑い声がした。
その声の方に視線を向けると、奥から黒色のドレスを着た女性が歩いてきた。
「フフッ...私を呼んだのはお前かい?ヴァローナ。」
その女性は、身につけているドレスと同じ位、はっきりとした黒髪だった。
そしてその色合いと反するような、白い肌。
さらに彼女自身の佇まいや雰囲気が、僕やヴァローナにはない、大人らしさを感じさせた。
「ママ!?店にきて大丈夫だったの?」
コックコートの彼が心配そうに、その女性に言う。
「ありがとうコルボー。けど今日は調子が良いの。だから大丈夫よ。」
「そう...なんだ。なら、いいけど...。」
そう言ってなだめられた彼は、少しバツが悪いような感じを見せた。
「それよりもコルボー。あなたまだ仕事が残っているでしょ?はやく厨房にお戻り。」
「…うん。わかった。」
そう優しい声で彼にいうと、彼は店の奥に戻って行った。
この人がきっと、この店の店主であり、彼等の親であるということは、言葉にしなくても、すぐにわかった。
「あぁ、本当に久しぶりね、ヴァローナ。もっとよく顔を見せてちょうだい。」
彼女は嬉しそうにそう言いながら、ヴァローナに近付き、彼の頬に手を置いた。
そして愛おしそうに、彼を見つめるのだ。
まるで自分の子供にするように。
しかしそれに対してヴァローナは、いつものような、冷たい声で言う。
「そういうの、やめてくれ。俺はあんたの子供じゃない。」
そう言いながら彼は迷惑そうに、彼女の手を、自分の頬から除ける。
けれど、その仕草には、いつもと違う何かが、ある様な気がした。
それが何かは、わからないけど...。
「もう...相変わらずね。そんなこと言うのなら、もう少し私に顔を見せてくれてもいいんじゃないかしら。最近店には、ちょくちょく来てくれているようだけどね。」
「それも今日で終わりだよ。俺たちより先に、ガットネロが来ているだろ?」
その名前をヴァローナが口にすると、彼女はあからさまに嫌そうな顔をした。
「ええ。確かに来ているわよ。今は奥の部屋で寝てもらっているけどね。」
「あんた...一体何を何杯飲ませたんだ。あいつがそんなに強くないのは、あんたも知っているだろ。」
「そんな大したことはしていないわよ。紅茶を二、三杯飲ませただけ。そしたら勝手につぶれちゃったの。」
「ロングアイランドなんて洒落たモノが、この店にあったとはな…。」
「レシピはヒ・ミ・ツ・よ。」
「はぁ、まったく...話はちゃんと通っているんだろうなぁ。」
「大丈夫よ。ちゃんと全部話させてつぶしたから。ところで...」
そして彼女は視線を僕に移す。
「そこのカワイイ僕は、お友達かしら?」
「あっ...えっと...」
そういうことを言われ慣れていないから、少し驚いた。
それを見てヴァローナが言う。
「あんまりからかわないでやってくれ。こんなところに来ること自体、初めてな奴なんだから。」
「へぇ~ってことはあなた、壁の中の人なのね?」
「あっ…はい。そうです。」
「…やっぱり。ここに住んでいるにしてはあまりにも、綺麗すぎるから。」
「人の連れを口説くのは、あとにしてくれないか。とりあえず、例の話がしたい。」
「あら、珍しくずいぶんと逸るのね。」
そう言われると、彼は少し笑った。
「そりゃそうさ...。やっと目処が立ったんだからな...。」
最初のコメントを投稿しよう!