酒場の子

1/1
前へ
/14ページ
次へ

酒場の子

 「ここは...」    時刻は夜の七時頃。  ガットネロさんの提案で向かった先は、なんと酒場だった。    「こういう店は、こういう場所では、自然と繁盛するんだと...。」  そう言いながらヴァローナは、酒場のドアに手を掛けた。  僕はそれを見て、咄嗟に彼に言った。    「ちょ、ちょっと待って!」    「あ?何だよ?」    ヴァローナは不思議そうに僕を見た。    「僕達は未成年だ。こういう店にはまだ入れないだろ?」  僕達より先に店に入ったガットネロさんは、見た目からして明らかに、飲酒適年齢だと思うが、僕達はそうはいかない。  見た目からして、明らかに未成年だ。  しかしヴァローナは、そんな僕を見て笑った。    「ハハハハッ...ユラ、お前まだそんなこと言っているのか?」    「えっ?」    「もういい加減、わかるだろ。そんなことを気にする様な奴が、ココに、この世界に、いると思うのか?」    「あっ...」  僕は言われて気が付いた。  たしかにココでは、そんなことを考える人はいない。  そもそも法律というモノが存在していないのだ。  あるのはルールだけ。  殺し、盗み、買収、様々な犯罪と言われている筈のモノが、ここでは横行しているが、『自分の身は自分で守る』というルールだけは、必ず誰もが、守っている。  「…そうだ、この街はそういう意味でも、外側にいるんだ。」  僕の顔を見て、察したようにヴァローナは答えた。  そうだ。  今僕が生きているのは、アルカディアの中ではないのだ。  今僕が生きている世界。  それは、外側の世界なのだ。    「ほら、行くぞ。」  そう言うと、ヴァローナは酒場の扉を開けて、僕達は店の中に入った。  酒と煙草の臭いと、聞いたことがない陽気な音楽と、それに合わせてはしゃぐ大人達の声が、扉を開けた途端に、僕の五感を刺激した。  しかしヴァローナは、こういうのに慣れているようで、顔色一つ変えないで、店に入って行った。  「いらっしゃい」  出迎えてくれたのは、僕やヴァローナとさほど年が変わらない、女の子だった。  それでも背丈は僕よりも少し小さくて、手足が細く、華奢な身体つきをしていた。    「...あっ」  「え?」    彼女は僕の後ろに居たヴァローナを見かけた途端、ものすごい速さで僕達との距離を詰めた。    「どいて」  そう言うと彼女は、左手で僕を、押しのけた。  そしてそのまま、右手をヴァローナに突き出した。  その右手には、さっきまでは存在していなかったはずの短いナイフが、しっかりと握られていた。  そして店中に、耳を思わず塞ぎたくなる様な、鈍い金属音が響いた。    「くっ!」  その音は、ヴァローナが自分のナイフで応戦した音だった。  それで落ち着いたかに思えた瞬間、今度は店の中に、拳銃の発砲音が響いた。  それは少女の、ユラを押しのけた時に使った左手の、小さなピストルからの音だった。  引き金を引いた時の音だった。  銃声というのを初めて聞いたわけではなかったが、僕は思わず、目を奪われた。  「…おいおい、これはどういうつもりだ、クレーエ。」  戸惑いと怒りが混ざった様な声で、ヴァローナは彼女に言った。  ヴァローナは放たれた銃弾を、寸でのところで避けたらしい。  店の壁には銃弾がめり込まれていた。    「挨拶?」    「俺は瞬殺されかけているどな!」    「こんなことするの、ヴァローナにだけ。」    「うれしくない。」  膠着状態の彼と彼女のナイフは、ヴァローナの一言の切れ目で、彼女が持っていたナイフが、完全に刷り上げられた。  勢いよく飛んだ彼女のナイフは、その勢いのまま、店の天井に突き刺さった。    「はぁ、まったく…もうその殺しに来る癖をなんとかしてくれ。いつか本当にころされそうだ。」    「それが目標。」    「やめてくれ。それに、連れも怯えるだろ。」  そう言ってヴァローナは僕の方を指さす。  それを聞いた彼女は、僕の方を一度見た後、もう一度ヴァローナの方を向いて言った。    「あれ、ころす?」    「ころさない」    「だめ?」  「だめだ。ほら、そろそろ仕事に戻れ。客が呼んでいるぞ。」  「...わかった。」  そう言うと彼女は、彼女を呼んでいたお客さんの方へと走っていった。  容姿相応に声がとても綺麗な子だった。  話していた内容と武器さえなければ、多分どこにでもいる女の子と変わらない。  「おい、大丈夫か?」  ヴァローナが少し、心配そうな顔で、僕を見て言う。  普段はあまり、しない顔だ。  「あぁ、うん。大丈夫。少し驚いたけど。」  そう僕がヴァローナに言うと、なぜか彼は少し、いつもと違った表情を見せた。  その表情が何を意味しているのか考えていると、今度は店の奥から、さっきの子とは違う外見の人が現れた。  「やっぱり、ヴァローナじゃないか。どうしたんだ、今日は?」  その声は、外見がいかにも優しそうな男のモノだった。その人はコックコートを着ていて、おそらく厨房の仕事をするのだろう。  「コルボー。わるいな。店を騒がしくしちまって。カーグに会いに来たんだが、先にガットネロがきているだろ?」  その人に対して、優しい声で、ヴァローナは言う。  さっきの女の子との殺し合いの時も感じたが、彼は彼等と話す時、彼からは、どこか気の置けない空気を感じた。  きっと彼にとって、彼等は家族の様なモノなのだろう。  「あぁ。たしかにさっき来ていたよ。店の奥にいると思うけど...それよりそいつは何だ?そいつもママに会わせるのか?」  そう言うと、コックコートの彼は、少し怪訝そうな顔で、僕を見た。  さっきまでヴァローナと話していたような気の置けなさは無く、僕を警戒しているようだった。  「あぁ...まぁ、訳ありでな...。」    その彼の表情を見て、ヴァローナも少し困っているように見えた。  そして彼等が話をしていると、店の奥から、少し雰囲気が違う笑い声がした。  その声の方に視線を向けると、奥から黒色のドレスを着た女性が歩いてきた。  「フフッ...私を呼んだのはお前かい?ヴァローナ。」    その女性は、身につけているドレスと同じ位、はっきりとした黒髪だった。  そしてその色合いと反するような、白い肌。  さらに彼女自身の佇まいや雰囲気が、僕やヴァローナにはない、大人らしさを感じさせた。  「ママ!?店にきて大丈夫だったの?」  コックコートの彼が心配そうに、その女性に言う。  「ありがとうコルボー。けど今日は調子が良いの。だから大丈夫よ。」  「そう...なんだ。なら、いいけど...。」  そう言ってなだめられた彼は、少しバツが悪いような感じを見せた。    「それよりもコルボー。あなたまだ仕事が残っているでしょ?はやく厨房にお戻り。」  「…うん。わかった。」  そう優しい声で彼にいうと、彼は店の奥に戻って行った。  この人がきっと、この店の店主であり、彼等の親であるということは、言葉にしなくても、すぐにわかった。  「あぁ、本当に久しぶりね、ヴァローナ。もっとよく顔を見せてちょうだい。」  彼女は嬉しそうにそう言いながら、ヴァローナに近付き、彼の頬に手を置いた。  そして愛おしそうに、彼を見つめるのだ。  まるで自分の子供にするように。  しかしそれに対してヴァローナは、いつものような、冷たい声で言う。    「そういうの、やめてくれ。俺はあんたの子供じゃない。」    そう言いながら彼は迷惑そうに、彼女の手を、自分の頬から除ける。  けれど、その仕草には、いつもと違う何かが、ある様な気がした。  それが何かは、わからないけど...。    「もう...相変わらずね。そんなこと言うのなら、もう少し私に顔を見せてくれてもいいんじゃないかしら。最近店には、ちょくちょく来てくれているようだけどね。」  「それも今日で終わりだよ。俺たちより先に、ガットネロが来ているだろ?」  その名前をヴァローナが口にすると、彼女はあからさまに嫌そうな顔をした。  「ええ。確かに来ているわよ。今は奥の部屋で寝てもらっているけどね。」  「あんた...一体何を何杯飲ませたんだ。あいつがそんなに強くないのは、あんたも知っているだろ。」  「そんな大したことはしていないわよ。紅茶を二、三杯飲ませただけ。そしたら勝手につぶれちゃったの。」  「ロングアイランドなんて洒落たモノが、この店にあったとはな…。」    「レシピはヒ・ミ・ツ・よ。」  「はぁ、まったく...話はちゃんと通っているんだろうなぁ。」    「大丈夫よ。ちゃんと全部話させてつぶしたから。ところで...」    そして彼女は視線を僕に移す。    「そこのカワイイ僕は、お友達かしら?」    「あっ...えっと...」    そういうことを言われ慣れていないから、少し驚いた。  それを見てヴァローナが言う。    「あんまりからかわないでやってくれ。こんなところに来ること自体、初めてな奴なんだから。」    「へぇ~ってことはあなた、壁の中の人なのね?」    「あっ…はい。そうです。」    「…やっぱり。ここに住んでいるにしてはあまりにも、綺麗すぎるから。」    「人の連れを口説くのは、あとにしてくれないか。とりあえず、例の話がしたい。」    「あら、珍しくずいぶんと逸るのね。」    そう言われると、彼は少し笑った。  「そりゃそうさ...。やっと目処が立ったんだからな...。」
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加