煙のように

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煙のように

 カーグさんの案内で、僕たちは酒場の奥の部屋に招待された。  彼女はそれをVIPルームと言っていたが、その部屋の様子は、僕達が住んでいるネズミ小屋と、大して変わらないモノだった。  家具はヴァローナの仕事場にあったようなソファーとテーブル、それに少し大き目の戸棚があるくらいだった。  しかし店の中の喧騒な声や音は、どこか遠く聞こえるようで、なぜだか防音等は、ちゃんと出来ている様だった。    「おい、ガットネロ。起きろ。おい。」    ヴァローナは、ソファーの上で気持ちよさそうに寝ているガットネロさんの顔を叩きながら、起こそうとする。  しかし赤いスーツのおじさんは、起きる気配がまるでない。  完全に、酔いつぶれているようだった。  「別におこさなくていいわよ。そこら辺にでも転がせときなさい。」  そう言いながら彼女は、ガットネロさんの両腕を持って、ソファーから引きずり降ろした。  そしてすみっこに追いやられてもまだ眠り続けているのは、それはそれで、すごいと思ってしまう。  そしてソファーの空いたスペースに、ヴァローナが座り、それに相対するようにして、カーグさんもソファーに座った。  そしてそれを見た僕は、また置いてけぼりを食らわないように、慌ててヴァローナの隣に座った。  そして話を、ヴァローナが切り出した。  「さて、早速本題なんだが...また1人、殺し屋を使わせてほしい。」  「...またなのかい...?」    「これで最後にするよ。アンタの所で、誰かいないか?」    「居るには、居るわよ...けれど正直、今回はあまり、気乗りしないわ。」  「居るならいつものように、使わせて欲しいんだが...。」    「気乗りしないって聞こえなかったの?」    「...」  「睨んでもダメよ。私はね、あなたが今回しようとしていることに、勝算があるとは、とても思えないの。」  「勝算なら、十分にあるだろ。ガットネロから話を聞いていないのか?」  「話は聞いたわ。聞いた上で言っているの。ねぇ、ヴァローナ。あなた壁の中に入れたとして、そのあとどうやって、施設の中に侵入するつもりなの?」  「そんなの、堂々と正面から入るさ。そのために、コイツを連れてきたんだ。」  ヴァローナはそう言いながら僕を見る。  彼等の計画にとって、僕は「鍵」なのだ。  アルカディアの住人である僕の生体IDを使えば、施設の中には入ることができる。  その錠を開けるための鍵。  そのために僕は、連れてこられたのだ。  しかしそれを聞いても、カーグさんは了承しようとはしてくれない。  「…じゃあ、入れたとして、その後あなたは、ちゃんと生きて帰って来れるの?あの男はそのことまで、ちゃんと話してくれなかったわ。」  カーグさんはそう言いながら、ヴァローナの目を真っすぐに見る。  あの男とは、きっとガットネロさんのことなのだろう。  そしてカーグさんの視線に耐えられなくなったヴァローナは、きまりが悪い様子で、話し出した。  「...わかった。じゃあ、俺からもう一度、ちゃんと説明する。それでいいだろ?」  そう言ってヴァローナは、ガットネロさんの鞄から、さっき僕たちが見ていたアルカディアの図面を見せた。  「俺たちが壁の中に入るための侵入経路は全部で3つ。1つは壁の上によじ登って、そこから入る経路。2つ目はアルカディアの下水道を逆にたどり、そこから地上に上がる経路。そして3つ目は、アルカディアに戻る護送車を奪取して、堂々と国境の門から入る経路だ。」  「そうなると、1つ目と2つ目は無理ね。」    「あぁ。壁に近づけば即逮捕されて殺処分だ。下水道も同じだろう。前回こいつを連れてきた時は、運良く監視ドローンに見つからずに済んだが、今回も同じ様にはいかないだろうな。」    「なるほど、それで3つ目の経路というわけね。アルカディアの護送車の運転手を、殺し屋に殺させて、その間にあなたたちが、護送車で壁の中に入るってことか...。」  「あぁ。そして入国や施設の出入りの時には、ユラの生体IDを使えばいい。後は車が勝手に、システムのある総督府に連れて行ってくれる筈だ。」  「アルカディアの車は全て自動操縦が出来るものね...。でも総督府の中に入ってからはどうするつもりなの?あの中はシステム管理以外では、人は勤務していないのよ。そんな中に生きた人間が、しかも部外者が立ち入れば、警備ドローンに、ハチの巣にされちゃうわよ。」  そう。  アルカディアシステムを管理している総督府には、ほとんど人間が存在しない。  それは人為的に起こるミスを、限りなく0に近づけるための政策だ。  そのおかげでアルカディアは、24時間、365日、休みなく稼働し続けられる。  「もし中で戦闘になったら、その時はその時だ。武器もある。」    それを聞いたカーグさんは、少し強い口調で、ヴァローナに言った。    「あなたはそうかもしれないけど、ユラ君はどうするの。まさか彼を、丸腰で行かせるつもりじゃないわよね?」    「...」    何も言わないヴァローナを見て、カーグさんはため息をついた。    「はぁ、呆れたわ。」    そう言うとカーグさんは、座っていたソファーの下にある小さな箱から、拳銃を取り出した。そしてそれを、僕に渡した。    「ユラ君。これをあなたに渡しておくわ。」    「これは...」    その銃は、ヴァローナが持っていたモノと違う形をしていた。    「古臭いりボルバーだけど、弾は6発。ちゃんと入っているわ。でも今はこれしかないから、使い時は間違えちゃダメよ。」    「...はい。ありがとうございます。」    言われるがまま、僕はその銃を手にした。  生まれて初めて持つその感触は、重く、そして硬く、冷たい感じがした。  そしてそれを見たヴァローナは、ソファーから立ち上がってカーグさんに言った。  「撃ち方も知らないのに、持たせても意味がないだろ。」    たしかにそうなのかもしれない。  銃を持つだけなら誰でもできる。  問題は、僕が引き金を引けるかだ。    「それなら、撃ち方をちゃんと教えてあげなさい。これは死なないために、必要なことよ。あなただって、わかるでしょ?」    「...そうだな。けど、ごめんだね。」    そう言うと彼は、部屋を出ていってしまった。  僕が心配そうに、彼の後ろ姿を見ていると、カーグさんが僕に話かける。    「…大丈夫よ、心配しなくても。あの子、私があなたに銃を渡したのが、気に要らなかっただけなの。そのうちまた戻ってくるわ。なにより、あなたをここに置いたまま、居なくなるわけがないんだから。」    そう優しそうに言う言葉に、僕は少し、懐かしさを感じてしまう。  こんな場所だとしても、そういうことを感じてしまう自分が、ひどく幼く見える様で、嫌だった。    「はあ...」    気の抜けた返事。  そしてなんとなく、ここで落ち着いてしまっている。    「カーグさんは、ヴァローナの母親なんですか?」    なんとなくわかっていたことを、僕はカーグさんに尋ねた。  聞きたいことは他にいくらでもあるはずなのに、何故かそれを尋ねてしまった。  そしてそれを聞いて、カーグさんは少し驚いた。    「え...?」    「いや、さっきのもまるで、親子の会話のようだったので...。」    言葉を濁す僕を見て、カーグさんは嬉しそうに笑う。  「フフッ...そう、そう見えていたならとても嬉しいわ。」    そう言いながら、彼女はどこか遠くを見るように、正面を見つめていた。    「本当の親子なら、あの子ももう少し、心を開いてくれるのかな...」    「えっ...?」    彼女の呟きに、僕は聞き返してしまう。そんな僕を見て、彼女は言う。    「あの子はね...捨てられたのよ。アルカディアっていう街そのものに...。」  「アルカディアに、捨てられた...?」    言葉の意味を探る様に、僕は問い返す。  その問いは、まるでタバコの煙のように、静かに消えていったのだ。  右手に握ったままになっていた拳銃は、静かにその重さを、訴えているようだった。
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