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「お久しぶりです……正樹さん」
その少女は葬儀場で俺を見つけると、少年のような声でそう言った。
俺は彼女の姿を見た瞬間、緊張と驚きで身体が固まってしまった。
スラリとした細身の長身。さらりとした長い黒髪のポニーテール。切れ長の瞳に雪のように白い肌。
一瞬、故人が制服を来て棺の中から出てきたのではないかと思うほど、その少女は棺の中で花に包まれて眠る女に似ていた。
今日は玲奈……知り合いの女の葬式だった。昔の会社の後輩で、当時は誰よりも愛していた……不倫相手の女。
もう20年近くも前の話だが、俺は妻と息子がいたにもかかわらず、その女、玲奈と関係を持った。
最初は本気じゃなかったんだ。しかし時間が経つにつれ、なんとも言えない後ろめたさが、快感へと変わっていった。
いつの間にか互いが互いを、本気で求めるようになった。そして17年前、玲奈は女の子を産んだ。
玲奈はその子に明日香と名付け、大切に育てていた。俺は2人を経済的に援助しながら、妻に不倫を怪しまれることもなく、時々玲奈や明日香にも会っていた。そうして2年が過ぎたころ、玲奈は2歳だった明日香を連れて、突然俺の前から姿を消した。
会社を辞め、連絡も取れなくなり、引っ越したのか手紙すら届かなくなった。15年ぶりの再開が、まさか彼女の葬式になるなんて……。
「あれ、正樹さんですよね? もしかして、もう覚えてないですか?」
少女は虚空を見つめるような、感情の読めない目をしてそう言った。
葬儀中は昔の記憶ばかりが頭をよぎっていたため、目の前に立つこの少女が誰なのか、ひと目見たときから分かっていた。
「いや……君は、明日香だね? 亡くなった玲奈と、俺の娘だ」
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